42歳で電撃結婚、翌年には高齢出産。激動2年を経た女優・水野美紀さんが、“母性”ホルモンに振り回され、育児に奮闘する日々を開けっぴろげにつづった連載「余力ゼロで生きてます」。今回は「余生」について。



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 小春日和の、桜の花びら舞う正午。

 コインランドリーの仕上がりを待ちながら、併設されているカフェでこの原稿を書いている。

 原稿を書きながら、気になっていた枕の洗濯を大型のランドリーで家族分一気にやっちまう、というミッションも同時進行中。

 ああ、時間の有効利用は気分がいい。

 本当ならば羽毛ぶとんもやっちまいたいのだが、家からチャリで来るため、運べる量に限界がある。

 もう一往復するかどうしようか……。

 さっき自転車を漕ぎながら、何の脈絡もなくふと、「余生」という言葉が頭をよぎった。

 子育てを終え、仕事も退職して、のんびりと悠々自適に暮らすのが余生、で、合ってますか??


 そうすると、私の仕事には定年がないから、どこからを「余生」とするかは、自分で決めなくちゃならない。

 まず少なくとも、チビが成人するまでは余生にはならないので、そこが一つの区切りだ。

 そこから先はペースダウンしてのんびりいこうか。

 その頃にどんなふうに仕事しているか分からないけど、一回仕事を離れて「余生」を感じてみようか。

 余生に一体何をしよう。

 のんびり読書がしたい。

 ミシン教室に通ったり、夫と旅行に行くのもいいな。

 保護犬を引き取って、面倒をみたい。

 自分の半生を振り返って、書き起こしてみようか。

 今のママ友たちと集まって、子育てを労い合うのもいい。

 まずは1日、おうちのソファーで、のーんびりテレビを見たいな。

 余生。余った人生。

 なんて寂しい言葉!

 毎日こんなにパツパツなのに。

 不足してるのに、余るんだろうかと不安になるのに。

 だけど私は決めた。

「余生」というものに、桃源郷のような幸福で穏やかなイメージを重ねて、余ることを信じて、その時までのんびりするのはとっておこうと。

 今は毎日できる限りのことを詰め込んで詰め込んで、毎日を充実させて生きていこうと。

 体力の限り……あ! 乾燥が終わった。

 この余白を感じてほしい。この行間の余白を。

 前の段落の最後の行から、ここまでの間。

 洗濯物を乾燥機から取り出し、チャリで家に戻って、夫と自分に簡単な昼食を作り、掃除機をかけ、コーヒーを淹れてソファーに腰掛けたが最後、1時間半、ぼーっとテレビを半目で朦朧としながら眺めていた。

 余生までは走り切るぞと決心したばかりだというのに。

 上の余白には2時間ちょっとの休憩がはさまっている。

 今回だけではない。

 いちいち書かないが、エッセイの行間には数時間、長い時には数日の時間が隠れていることもある。

 それを余白に反映したら、真っ白いノート数十冊分にはなるだろう。

 文字数イコール費やした時間ではないのだ。

 もう、このエッセイの執筆に取りかかってから、

「書き進めなきゃ」

 と思っているだけの時間も含めたら、3時間経っている。

 この余白の間の、半目でソファーに腰かけていた1時間半も余生と呼んでいいんじゃないかという気がしてきた。

「保育園に預けて、その間、母ちゃんなにしてたの?」

「母ちゃん、ばりばり仕事と家事しながら、ちょいちょい余生を前倒しで楽しんでたよ。余るかどうか分からないからね」

 いつか聞かれたらこう答えよう。

 前後に文章があるからこその余白。

 余生だって挟み込んでもいいじゃないか。

 てことは、旅行の計画もたてなきゃね。

 今回はいつもより、少し文字数少なめに締めよう。

 余るのはいいことだからねっ!