川崎市と東京都練馬区で起きた事件の背景には、「8050問題」があると言われる。ひきこもる子どもの面倒を見る親もまた孤立。深刻な事態に至るまで問題が表出しない。



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「怒りの矛先が子どもに向いてはいけない」

 東京都練馬区の自宅で、元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76)が6月1日、長男で無職の英一郎さん(44)を殺害した。熊沢容疑者は警視庁の調べに冒頭のように供述している。頭の中には、事件の4日前に川崎市で小学生ら20人が殺傷された別の事件があったという。

 自宅そばの小学校であった運動会の“騒音”に、「ぶっ殺すぞ」と言う長男。たしなめても怒りが収まらない状況に、熊沢容疑者は、川崎の事件のようなことになってからでは取り返しがつかないと追いつめられ、事件を起こしたとみられる。

 川崎市で児童らを殺傷後に自殺した岩崎隆一容疑者(51)と熊沢容疑者の長男はともに、事件前「ひきこもり」と言われる生活を送っていたとされる。

 近年、10代、20代でひきこもっていた当事者が40代、50代を迎え、彼らを支える親も70代、80代と高齢化していることが社会問題化している。「7040」「8050」問題と呼ばれるゆえんだ。

 ただ、今回の二つの事件を受け、自宅などにひきこもる人たちを支援する複数の団体は懸念を示す。「ひきこもりUX会議」は5月31日、川崎市の事件を受けて報道機関向けに、「ひきこもりや8050問題に対して誤った認識や差別が助長されないよう、慎重な対応を」と声明を発表した。同会議の恩田夏絵代表理事は、強調する。

「ひきこもりが犯罪行為にそのまま結びつくという描き方は間違っている」

 5月28日、川崎市で男が児童たちに刃を向けた日。ある公営の「居場所」では、15歳から30代後半の不登校やひきこもりの人たちが20人余り、思い思いに過ごしていた。

 親との関係で家にいたくない、家にいるとよくないことばかりを考えてしまう、ここで人と話せるようになりたい、ゲームをする仲間がほしい……どこにも所属していない若者たちにとって、「居場所」は唯一の宿り木となっている。話してみると、いかに親と学校に傷つけられてきた人が多いかがわかる。対人恐怖や強迫神経症、解離、希死念慮など深い傷を抱える人ばかりだ。

 一方、岩崎容疑者には、自室以外の「居場所」は一切なかった。居場所どころか、彼には「家族」すらなかった。同居する伯父伯母夫婦は、事件前に川崎市に岩崎容疑者のことを相談したことがあるが、自分たちの介護のためであって、はたして甥を思ってのことだっただろうか。

 その意味で、川崎の事件は、「8050」という親子間の問題というより、圧倒的な社会的孤立の問題だと言えよう。

 不登校など何らかの事情で、10代半ば以降、社会から「見えなく」なった岩崎容疑者のような人たちを、社会はどう発見するのか。「見えなく」なったまま親子で閉じて、20年、30年経ったケースが「8050問題」なのだ。

 その女性と母が発見されたのは、外とつながる細い糸が残っていたからだった。

 女性の高校時代の友人から連絡を受け、支援者が訪問した家は「ゴミ屋敷」だった。老婆はその中で倒れていた。緊急搬送され、家の中には52歳の女性もいた。87歳だという母親はその1カ月前から倒れたままだったという。

「母は転んでそのまま寝たきりになった。母は『人に言うな』と。救急車も『近所の手前、呼ぶな』と。どこに言っていいかわからず、高校時代の友人に電話しました」

 その1年半後に取材に応じた女性は、白髪の短髪にノーメイク。ふくよかな体つきでゆったりとした服を着ていた。ブラジャーはつけていなかった。杖をついて歩く姿は、実年齢よりふけて見えた。上の歯はすべて抜け落ちていた。

 母親は老人ホームに入居。女性は生活保護を受けてアパートで暮らし始め、その後自宅の売却金で生活保護からは抜けたが、働いてはいない。

 何が今の状況を招いたのか。

 女性は1966年生まれ。34年生まれの大工の父と、32年生まれの専業主婦の母との間に生まれた一人っ子だ。「母が仕切る家」だったと女性は言う。

「父は母によく怒られていました。私はそれを見て、怒られないようにしようとしていたのですが、やっぱり怒られていました」

 母に何もかも先回りして指図されるのが日常で、押し黙るしかなかった。

「心配性なんです。とにかく、自分は心配だと。それで何でも指図する。母は心配がいいことだと思っています」

 大学は卒業したが、就職活動はうまくいかなかった。アルバイトを3年続けた後、正規雇用に就いたが、試用期間を終えると契約は切られた。派遣業を転々とした後、30歳で自宅にひきこもった。

「体も弱かったし、全てが疲れちゃった。もう、いいや、と」

 気楽ではあったが、将来はなかった。昼過ぎに起きて食事をする。好きな洋楽を聴いたり詩作に励んだり。日帰り温泉に行くのも気晴らしだった。だが、40代半ばで父が死んだ後、母と一緒に困窮した。

「母の年金と遺族年金が2カ月ごとに28万円ありましたが、とても暮らせませんでした。母はクレジットカードでお金を引き出しては、年金を使って返済の繰り返し。先のことは考えないようにしました」

 困窮しても働くという発想はなかったという。2人は1階と2階で別々に暮らし、食事も別で会話もない。親戚など外部との交流は一切なかった。

 ひきこもりの支援者であり、ひきこもり問題に詳しい、白梅学園大学の長谷川俊雄教授はこう指摘する。

「8050問題は、ひきこもる子どもだけでなく親の孤立問題でもあります。親たちは社会関係が希薄であり、本音を語れる友人もいない。親子双方がひきこもりで、家族だけで閉じているケースが多いですね」

 この女性の場合も、「高校時代の友人」という細い糸がなければ、社会から発見されなかったかもしれない。(ライター・黒川祥子、編集部・小田健司)

※AERA 2019年6月17日号より抜粋