勉強や人とのコミュニケーションに困難を抱える発達障害の子どもたち。デジタルネイティブ世代の彼らにとって、進化するテクノロジーは強力な味方となるという。「えこみゅ」は自閉症スペクトラム(ASD)の子供が、自分の気持ちを伝えやすくなるアプリだ。



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「わたし」「じゅーす」「のむ」

 イラストと文字で人物やモノの名前、動作が書かれたカードをタップすると、画面の最上部にカードが移動。再生ボタンを押せば、音声が流れる。

「えこみゅ」は、自閉症スペクトラム(ASD)などで自分の気持ちを発話で伝えるのが難しい子ども向けのアプリだ。

 開発したのは、発達に障害を抱える子どもの学習教室などを運営するLITALICO(リタリコ)。同社では17年からこれまでに、9種類のアプリをリリースした。いずれも多言語に対応し、全世界での累計ダウンロード数は150万(19年6月時点)を超える。

 言葉が出にくい子どもは、拒否や要求の意思を示したい時、泣いたりたたいたりすることも多く、友だちとの間でトラブルになりがち。親でさえ戸惑うこともしばしばだ。リタリコによれば「えこみゅ」利用者から、

「子どもが何を考えているのか、やっとわかって、意思疎通の喜びを感じている」「いまではどこに行くにもタブレットを持ち歩いている」

 といった声が寄せられているという。

 子どもの特性によっては、家庭で実際に使っているモノ──例えばコップのデザインと、カードのイラストに描かれたコップが違うと、同じ「コップ」として認識できないこともあるが、「えこみゅ」では、実物の写真と名称を読み上げた音声でオリジナルのカードが作れる。

 ほかに、声の音量レベルによって、「大」ならライオン、「中」なら猫、「小」ならネズミが出てくる「こえキャッチ」は声の大きさのコントロールが難しい子どもたちに人気だ。時間内に物事を終わらせたり、待つことが苦手な子どもには「時間」を視覚的にとらえられる「ねずみタイマー」が使いやすい。

 東京・京橋の「ハイブリッド・キッズ・アカデミー」(ブリキッ)が教えるのは、iPadなどタブレットを使った新しい学習法。教室は、東京大学先端科学技術研究センターとソフトバンクのグループ会社であるSBプレイヤーズによる連携から生まれた。取材当日、教室に集まっていたのは小5から中1までの男女5人。彼らに共通するのは、学習障害(LD)の傾向があることだ。

 この日の授業は「グッドノート」というノートアプリの使いこなし術。子どもたちは新しいフォルダを作ったり、写真や資料を取り込んだりする方法をあっという間にマスターしていた。

 2年前からここに通っているという小学5年生の男児は、授業中に床に寝転がったり、立ち歩いたりを繰り返し、「ADHD」との診断を受けていた。ところがブリキッで学んだスキルを使って、学校の授業でもiPadを使い始めたところ、ぱったりと離席行動がやんだという。母親(43)は言う。

「立ち歩きの本当の原因は、多分書けないことにあったんでしょう。あとから聞くと、板書をノートに写せないから友だちのところに行って読んでもらったりしていたみたいです。それがiPadを使って自分でノートが取れるようになってから、席を離れなくて済むようになった」

 多かった忘れ物も、次の日の予定や持ち物が書かれた黒板を写真に撮るようにした結果、劇的に減った。

「いまとなっては、ADHDの診断は本当だったのかなと思うくらい。環境次第でこんなに変わるのかと驚いています」(母親)

 しかし、iPadなどのデジタルツールの持ち込みが許可されるかどうかは、通っている学校や教師の考え方次第だ。その理解を得るために、ブリキッでは積極的に教師の見学を受け入れ、実際に子どもの変化を見てもらっている。ブリキッの運営責任者である佐藤里美さんは言う。

「これまで、みんなと同じテストが受けられなかったり、受けても一桁の点数しか取れなかった子どもが、ツールを使うことで80点、90点取れるようになる。その姿を目の当たりにして、『どうにかしてあげたい』と思ってくださる先生は多いです」

 医学博士で国内外の特別支援教育に詳しい竹田契一・大阪医科大学LDセンター顧問によると、米国ではASD、ADHD、LDという障害別の学校が多数あるという。

「アメリカは、『インクルーシブ教育』が盛んで、誰もが望めば、合理的な配慮のもと普通学級で学ぶという大きな流れがあります。でもその一方で障害別の学校もある。それは障害の特性に合わせた学び方をすると子どもがものすごく伸びるということが、実証されているからなんです。やるべきこと、やれることがわかっているのに、日本の教育現場では、なかなか採用されない。本当に歯がゆいです」(竹田さん)

 通常学級で学ぶのか、特別支援学級で学ぶのかは、多くの当事者にとって悩ましい問題だ。学び方にも唯一の正解はない。だが、「わかる経験」をすることで、子どもが変わることは確かだ。日々進化するテクノロジーを使うことで、いま困っている子どもたちが一歩でも二歩でも前に進め、自らの可能性を広げられるのなら、大人の側が躊躇すべきではない。(編集部・石臥薫子)

※AERA 2019年6月24日号