アメリカで今、“土鍋”が注目を浴びているのをご存知だろうか? そう、これからの季節に大活躍の、土鍋。アメリカでも土鍋はそのままDONABE。Clay Pot、Earthenware Pot(土もののお鍋)と説明され、一般の家庭にも広がりつつある。



 なんでも“Sparkle Joy(ときめき)なお片づけ”で全米を席捲してるコンマリこと、近藤麻理恵さんが“今年のSparkle Joyなアイテム5”の一つに土鍋を選んだとかなんとかもあるようだが、実は今、アメリカに土鍋を広める伝道師の日本女性がいるのだ。それはMrs. Donabe(ミセス土鍋)こと、武井モア奈緒子さん。

 現在、武井さんは6人の従業員と共に土鍋や日本の器などを扱う、2年前にオープンしたショップ「TOIRO」をウエスト・ハリウッドで営む。ハリウッドの目抜き通り、お洒落なショップが並ぶラブレア・アヴェニューにある「TOIRO」には、ミュージシャンのソランジュ(ビヨンセの妹)や、HBOのテレビシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』に出演して大スターとなった俳優のジェイソン・モモア、歌手のリッキー・リーなど映画/音楽界の有名人や業界人も通って来て、ハリウッドの新たな名所になっている。

 武井さんはメディアにも次々登場し、おしゃれピープルに大人気のデザイン・サイト「REMODELISTA(リモデリスタ)」や、お堅い「ウォールストリート・ジャーナル」から、「ロサンゼルス・タイムス」や「ニューヨーク・タイムス」といった名だたる新聞、さらに雑誌や様々なウエブサイトに紹介され、今やネクスト・コンマリ?とも目されているとか。

■レコード会社からコルドン・ブルーへ

 武井さんと土鍋の本格的な出会いは2006年。単身、料理の勉強のために渡米してロサンゼルスにいるときだった。

「子供のころから食べることが大好きで料理には興味があったんですが、同時にアメリカやエンターテイメントも好きだったんで、大学を卒業してからは東京でレコード会社に就職しました。でも、料理やワインへの興味が高まって、仕事のかたわらワインスクールに通い、ワイン・エキスパートの資格を取得。遂には会社を退職して、ロサンゼルスの料理学校コルドン・ブルーに留学したんです。2001年、私が29歳のときでした」

 20代最後、好きなことを突き詰めよう!とパッションだけで渡米した武井さん。ロサンゼルスに来てからはワイン知識を生かして交友を広げ、通っていたコルドン・ブルーでワインの専属講師の仕事を得て働くようになる。そんな折、一時帰国した日本で、たまたま三重県・伊賀にある長谷園(ながたにえん)という8代続く窯元が作る「かまどさん」という炊飯用の土鍋に出会う。

「もちろん土鍋はロサンゼルスに来てからも日系スーパーで買って使っていましたが、浦和の伊勢丹で『かまどさん』に出会い、即購入し、抱っこしてアメリカに戻りました。さっそく『かまどさん』でご飯を炊いて食べたら『こんなにおいしくご飯が炊けるんだ!』と感動して、周りのアメリカ人の友人たちにも食べさせたんですね。すると、みんなが『本当に美味しい!』とめちゃくちゃ感激して、『この鍋はどこで買えるんだ?』と聞かれ、『いや、アメリカでは売ってないのよ』と答えたんですが、いや、待てよ、これ、私がアメリカで売ったらどうだろう?これを広めたらいいんじゃないか?と思ったんです」

 そこから武井さんと土鍋とのグレート・ジャーニーが始まる。

■船便の半分以上がバラバラに

 さっそく伊賀にある長谷園のホームページの“問い合わせ”欄に、「私はアメリカに居て、土鍋を輸入販売したいと思いますが、輸入とかやったことがなくてやり方が分からないのですが、それでもやりたいと思っています。興味がありますか?」と書き込むと、窯元から「一緒に勉強しながらやりましょう」と返事が来た。すぐにまた日本へ帰国し、三重へ飛んで窯元さんに会った。「だって、私がどんな人か分からないでしょう?」というわけだ。

 しかし、ズブの素人。困難の連続だ。

「土鍋の輸入方法を探り、まずは1つ、空輸で送ってもらうと土鍋よりも送料の方が高くついてしまい、これじゃ商売になりませんねって。次に船便に挑戦して20個オーダーして送ってもらったんですが、半分以上がバラバラに割れて届いたんです。土鍋を売るために会社を5000ドルの資金で立ち上げたんですが、そのほとんどがこの壊れた土鍋で消えちゃいました」

 会社を設立するのもすべてたった一人でやって、「ネットで何が必要か?どこへ申請し、手続きしに行けばいいのか調べて、手探りでやりました。ビジネス・パートナーも投資してくれる人もいなくて、もう汗だくでした」という苦労もすべては土鍋のためだ。

「やっと物流だけを取り扱う会社を見つけて、コンテナで土鍋を運んでもらえることになったんです! 仕事を終えて家に帰ってから一人でコツコツとネット相手に格闘して、土鍋を販売するホームページも立ち上げました」

 ところが、うんともすんともなくて「オンラインショップにつながってないんじゃないか?って自分で注文してみたら、つながってました。そこで初めて、そうか、誰も見てないのか!と気づいたんです」

 人は失敗から学ぶ。ここから快進撃が始まった。

■自宅で料理教室を開く

「それで自宅で、土鍋を使ったお料理教室を開くようにしたんです。炊き込みご飯やちゃんこ鍋、石狩鍋と、テーマも料理も毎回変えて、1回5〜6人を集めて。これが口コミで広まって主婦から若いお洒落な人、映画会社のエグゼクティヴと、色んな人が来てくれました。そのうち『ロサンゼルス・タイムス』などにも取り上げられ、土鍋料理の本を出すことになって、それがまたマーサ・スチュアートのホームページに取り上げられたり話題になって、じわじわ土鍋が広まっていったんです」

 元々得意だった料理、アメリカに来て学んだ料理の腕を生かした土鍋料理で起死回生。武井さんは「土鍋、という名前を憶えてもらうため」に自らをMrs. DONABEと名付けてPR活動に励んだ。しかし、どうしてそこまでやるんですか?

「勝手な思い込みですが、私のミッションはアメリカにいる日本人として、日本のいいものを伝えたい!んです。ロサンゼルスは都会だからお寿司やてんぷらが大好きという人は大勢いて日本食レストランもたくさんあるけれど、家で作る人はほとんどいない。エキゾチックで使い方が分からないっていうんですね。でも家庭料理は簡単だし、ましてや土鍋一個あれば、なんでもできる。おなべにすれば冷蔵庫にあるものを適当に入れるだけでいい。こんな素晴らしいものがなんで知られてないんだろう? 知ってほしい!という願いなんです」

 その思いが結実して2年前、ハリウッドにショップをオープン。「TOIRO」という店名は十人十色。土鍋という一個の調理具があっても、十人いればそれぞれバックグラウンドが違って十個の違うものができるという意味でつけた。

「ロサンゼルスという町は色々な文化が集まっていて、こうでなければいけない!というものがなくて、色々な解釈の仕方があっていい。土鍋も同じ。使う人によってどんな風に使ってもいいし、どんな料理でもできる。だからTOIROにしよう、と」

 土鍋が広まるにつれて、武井さんの思いも伝わっていく。

「土鍋が生み出す、なべを囲む文化、これは日本の食文化を象徴する、いいものだと思うんですけど、これがアメリカですごく響いてるんです。アメリカのお客さんからたくさんメールをもらうんですが、『土鍋が私たちの生活を変えました!』と言ってくれたり、土鍋ライフに感動して『ウィスコンシン州(米・中西部)から家族みんなで来ました!』なんてお店に来てくれたりするんです。土鍋一つあれば、家族みんな忙しくてバラバラでも、いっしょに土鍋を囲めば簡単に料理が作れ、子どもだって参加して『次何入れる?』とかやって会話も生まれる。料理それ自体が楽しい。そういう食事の仕方、調理器具はアメリカにはないから新鮮に映るようなんです。土鍋はただの調理器具じゃなくて、文化であり、家族の絆をつなぐんです!」

 武井さんは「DONABEは世界共通語になる!」と確信していたそうだけど、土鍋そのものだけじゃなく、食文化としての土鍋が世界をつなぐことを夢見て、いや、そうなると確信している。

 Happy DONABE Life! 武井さんは今日も大好きな土鍋を世界に広めるために奔走している。(和田静香)

●和田静香(わだ・しずか)/1965年、千葉県生まれ。音楽評論家・作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦が高じて最近は相撲についても書く。著書に『スー女のみかた 相撲ってなんて面白い!』『東京ロック・バー物語』など。