「55歳ごろにはリタイアして悠々自適の老後を送ろうと思っていたのですが、それどころではありません」



 埼玉県の60代前半の男性はため息を漏らす。約20年前に家業の飲食店を継いだが、最近は消費増税もあって客足は伸びない。90歳近い母親の介護や2人の子どもの教育費もかさむ。お金の蓄えは少なく、リタイアどころか他店でのアルバイトもして稼がないといけない。妻も昼間は飲食店を手伝い、夕方はスーパーで働く。男性は将来を考えると不安が募る。

「働くのをやめたら、収入は国民年金だけになってしまいます。体が動ける限り働き続けるしかありません」

 お金に余裕がある高齢者と、ない人の差は広がっている。

 金融広報中央委員会が2018年に行った「家計の金融行動に関する世論調査」によると、預貯金や株式、投資信託など金融資産の保有額は、世帯主が60代の2人以上世帯では、3千万円以上が18.6%。これだけあれば、老後の生活もとりあえずは安心だ。60代の約5人に1人がお金に余裕があるといえる。

 一方で、金融資産がないという60代の世帯は22%に上る。こちらも約5人に1人が、余裕が全くない状況なのだ。人生100年時代、蓄えがなくては将来は厳しい。

 内閣府の「高齢社会白書」を見ても、貯蓄や所得の格差がわかる。

 世帯主が60歳以上の世帯の貯蓄の状況では、1世帯当たりの金融資産の保有額の平均値は2384万円。ちょうど真ん中の数値でより実感に近い中央値は1639万円。4千万円以上の世帯が17.6%ある一方で、100万円未満も6.7%ある。グラフで示すと両端が高く真ん中がくぼんでおり、二極化していることを示している。

 所得の状況を見ると、65歳以上でもかなり稼いでいる人がいる。一方で、65歳以上の高齢者世帯の所得の平均値は年318万円、中央値は年258万円。現役世帯よりも低い所得で、家計をやりくりしている世帯が目立つ。

 高齢化が進み、日本人の平均寿命はいまや男性が81歳、女性が87歳。長く生きると現役時代の収入や貯蓄などの差が積み重なって、格差が広がりやすい。

 生活保護を受ける高齢者も増えている。厚生労働省によると、生活保護を受けている65歳以上の高齢者は17年に102万人に上り、全体の49.1%を占める。最後のセーフティーネットである生活保護を受けるのは当然の権利だが、これからも受給者が増えると見込まれている。

 頼りになるはずの年金や医療、介護などの社会保障制度の先行きも厳しい。少子化で高齢者を支える人が減るからだ。国立社会保障・人口問題研究所によると、総人口に対する65歳以上の割合は、15年の26.6%から40年には35.3%に上がる。3人に1人が高齢者だ。15年は高齢者1人に対して現役世代(15〜64歳)は2.3人の割合だったが、40年には1.5人となる。

 医療費や介護費の自己負担の増加は避けられない。10月から10%に上がった消費税率も、さらに引き上げられる可能性がある。

 老後の生活を支えるはずの年金も目減りする。厚労省が8月に公表した年金の財政検証の試算をもとに、65歳の夫婦2人がもらえる標準的な受取額と、それぞれの時点の「所得代替率」の推移を示した。各時点の年金の価値を示す指標で、低いほど年金が目減りしてしまう。

 経済が成長し働く人が増えるケースと、成長や働く人の増加が一定程度にとどまるケースのどちらでも、年金は大きく目減りする。65歳時点の所得代替率は61.7%。90歳になる44年では経済が成長するケースで41.9%、一定程度のケースで45.7%。経済成長に応じて現役世代の賃金は上がるため、年金の価値がいまより2〜3割減ることになる。

 年金が当てにならないことは政府自身も認めている。今年注目されたのが、「老後資金2千万円問題」。金融庁の報告書が、無職の平均的な高齢世帯(夫65歳以上、妻60歳以上)が30年間暮らすには、年金だけでは足りず、約2千万円の蓄えが必要だと指摘した。これを満たす世帯は全体の半分ほどしかない。 

 2千万円でもまだ足りないかもしれない。生命保険文化センターの「生活保障に関する調査」によると、ゆとりのある老後生活(2人世帯)の費用を聞くと、平均値で月36万1千円となった。金融庁の報告書の想定に当てはめると、30年間暮らすには約5500万円の蓄えが必要になる。

 ここまで見てきたように、老後の不安が高まるのも当然だ。若い人なら将来を見据えて、貯蓄や運用を始めればいいが、高齢者はどうしてもあきらめがちになる。

 だが、何もしないと、老後の不安は深刻になるばかりだ。実は60歳になってからでも、やれることは少なくない。大金持ちになることは確かに難しいが、余裕のある「金持ち老後」は努力次第で実現できる。

 専門家が、まず大事だと口をそろえるのは、自分の収入や貯蓄など、家計の現状と見通しを把握すること。

 ファイナンシャルプランナーの風呂内亜矢さんはこう助言する。

「自分のいまの位置を確認しましょう。年金や退職金など入ってくるお金のほか、預貯金などいつでも引き出せるお金、さらに生活費などの出ていくお金を洗い出します。入ってくるお金と出ていくお金が把握できたら、今後、どれだけ働いたり、節約したり、運用したりするとよいのか方針を固めます。決めるのは早ければ早いほどいい。選択肢が広がるからです」

 家計の「現在地」がわかったら、次に収入をどう増やすかを考える。

 多くの高齢者にとって収入の柱は年金だ。金融庁の報告書によると、無職の平均的な高齢世帯収入20万9198円のうち、年金(社会保障給付)が19万1880円を占めた。

 年金に詳しい社会保険労務士の北村庄吾さんは、「亡くなるまで保証される収入手段は年金しかない」と重要性を強調する。

 まずは日本年金機構から送られてくる「ねんきん定期便」や、ネットサービスの「ねんきんネット」などで将来の見込み額を確認しよう。よくわからなければ、近くの年金事務所に相談する。

「50歳以降に届くねんきん定期便は、60歳まで同じ条件で払ったものと仮定した見込み額が書かれています。転職の多い人は要注意です。職歴と年金に加入していた期間に齟齬(そご)がないかもチェックしましょう。国民年金は大学生のときなどに保険料を払っていない空白期間があれば、受給額が満額に達しないケースも多い」(北村さん)

 空白期間がわかれば、年金を増やす余地がどのくらいあるのかもわかる。60歳以降も働くべきかどうかを決める判断材料にもなる。

 北村さんは、65歳以降も元気なうちはなるべく働いて年金以外の収入を確保するべきだという。一人でがんばらずに、妻ら家族と協力して家計のゆとりを少しでも増やす。長く働くほど加入期間が延び、受け取れる年金もそれだけ増える。

 健康に自信がある人は、年金の受給開始時期を繰り下げることも考える。もらえる年金が1カ月あたり0.7%増える。65歳から70歳に繰り下げると、毎月の受給額は最大42%増える。

「繰り上げ、繰り下げのどちらを選ぶにしても、もらえる額は増減した受給水準のまま生涯変わらない。慎重に判断しましょう。健康に自信があって、生活に困らないだけの蓄えがあるなら、開始時期を遅らせて受給水準を上げたほうがよい場合もあります」(同)

 政府は年金の受給開始を繰り下げできる期間を75歳まで延ばす方針だ。受給開始時期の選択肢は増えるが、老後の生活設計も大きく左右するので、健康状態も踏まえ慎重な判断が求められる。

 国民年金に空白期間がある人は、60歳以降も保険料を納める「任意加入制度」や、「追納制度」を利用して受給額を増やせる。自営業者らは国民年金に上乗せできる国民年金基金に加入することも検討しよう。(本誌・池田正史、浅井秀樹)

※週刊朝日  2019年11月22日号より抜粋