1滴の血液で、2時間以内にがんかどうかを判定できる──。これまで受けてきた「がん検診」のイメージをがらりと変える検査法が、実用化に向けて歩みを進めている。簡単にがん検診が受けられる、そんな時代が近々、やってくるのか。



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 がんを高い精度で検出できる技術を開発したと発表したのは、電気製品メーカーの東芝(本社・東京都港区)。2016年に医療機器事業を手放した同社だったが、現在は精密医療事業に力を注ぐ。その一つが、「マイクロRNAチップ」の開発だ。

 これは、血液などに含まれる「マイクロRNA(リボ核酸)」という分子の種類や濃度から、がんかどうかを判別するキットで、専用の小型検査装置に入れると、13種類のがん(乳がん、胃がん、大腸がん、肺がん、食道がん、肝臓がん、膀胱[ぼうこう]がん、前立腺がん、膵臓[すいぞう]がん、胆道がん、卵巣がん、脳腫瘍[しゅよう]、肉腫)のいずれかにかかっている人と、そうでない人とを99%の精度で見分けることができる。ステージ0の超早期のがんもわかるそうだ。

 早い段階での実用化を目指し、20年から東京医科大学などの医療機関と共同で実証実験をしていくという。

「腫瘍マーカーや画像検査など、従来のがん検出技術では、簡易に、高い精度でいろいろながんを一度に見つけられない。マイクロRNAチップで13種類のがんを網羅的に早期発見することで、生存率を向上させていく。そこに貢献したい」(同社研究開発センター研究主幹の橋本幸二氏)

 こうした血液や尿などの体液を使って、病気の有無を診断したり治療効果などを予測したりする技術を、「リキッドバイオプシー(体液診断)」という。最近では、線虫を使って尿からがんを見つけるというニュースが話題になったが、体内の病変や組織を採取する生検や、被曝(ひばく)の問題があるX線やCTなどの画像検査と比べて、患者への負担が少ないこともあり、近年、世界中で研究が進められている分野だ。

 東芝が今回、発表した血液1滴からがんを判定するマイクロRNAチップは、東京医科大学医学総合研究所の落谷孝広教授(当時は国立がん研究センターに所属)がリーダーを務めたプロジェクトの技術をベースにしている。関係者によると、プロジェクトには東芝のほか、東レやアークレイといったメーカーも参加。14年度に始動したプロジェクトは18年度に終了し、現在はここで編み出された技術を、各メーカーや医療機関が持ち帰り、新たな検査システムの構築を目指して、しのぎを削っている。

 ところで、がん判定の“肝”となっているマイクロRNAとは、どのようなものなのだろうか。前出の橋本氏は次のように説明する。

「マイクロRNAとは、たんぱく質の合成などを調整している重要な分子で、人では約2500種類が確認されています。細胞ががん化すると細胞内のバランスが崩れて、健康な人にはみられないような特定の配列を持ったマイクロRNAが、血液中にたくさん分泌されることがわかっています」

 それを見つけることで、がんかどうかがわかる、というわけだ。

 期待される検査だが、課題もある。

 今のところ、東芝の開発した技術は、13種類のがんを早期に発見する「網羅的な検査」は可能だが、どのがんにかかっているかまではわからない。また、今回の発表にあたって、東芝が確認したのは「がんにかかっている人は、マイクロRNAが濃く、がんにかかっていない人は薄い」という現象。これを実際のがん検診に用いたときに、どれだけの精度が保てるかは未知数だ。これについて、東芝は次のように説明する。

「がんの識別は、今後の課題。実際の検査として使えるかどうかは、医療の専門家の方に相談しながら実証実験を進めていく。医療としての手続きを踏んでいかなければいけないし、そこは間違いのないようにやっていきたい」(橋本氏)

 がん検診の専門家は、今回の発表をどう見るか。国立がん研究センターの中山富雄検診研究部長は言う。

「まず、精度についてですが、元になる研究はがん専門病院のがん患者さんと、人間ドックで異常がなかった人の血液中のマイクロRNAを比べたもの。この方法は『症例対照デザイン』といって精度が高めに出やすいのです」

 そのため、この試験法のデータはガイドラインには採用されないという。

「望ましいのは、健康な人の血液を数万人分採取して、そこからがんになった人と、ならない人を比較する方法ですが、これには多くの人の協力と膨大な時間がかかります」(中山氏)

 さらに、13種類のがんのなかには、膵臓がんのように現在の診断技術では早期発見が難しいがんも含まれている。

「“検査でがんの疑いがかけられたけれど、画像では見えない”ケースについて、どう扱うのか。そこまで検討して初めて、検診の意味が出てきます」(同)

 ちなみに、同センターは今回の実証実験には関わっておらず、独自にマイクロRNAを用いた研究を進める予定だ。

 現在、国が推奨している“効果のある”がん検診は、胃がんの胃X線検査、胃内視鏡検査、大腸がんの便潜血検査(検便)、肺がんの胸部X線検査、乳がんのマンモグラフィー(乳房X線検査)、子宮頸(けい)がんの細胞診だ。検診を受けることで早期発見や早期治療がなされ、がんで亡くなる人を減らせるということがわかっている。

 そもそも、検診の“効果”とは、発見率を上げることではない。大阪市立大学大学院医学研究科の福島若葉教授(公衆衛生学)は、「発見率を上げても、がん死を減らせなければ、科学的な意味がない」と話す。

「マイクロRNAで陽性となったけれど、精密検査でもがんが見つからず、1年後の再検査でがんが見つかった場合、本当にマイクロRNAの検査を受ける意味があったのか、受診者をただ不安にさせただけではないのか、となります。陽性となった後の流れもセットで考えるべきでしょう」

 19年3月、都内で開かれたメディアセミナーで落谷氏は、「過剰診断や、がんでない人をがんと診断してしまうことは、非常に大きな問題。(基礎研究で出した結果の)答え合わせが必要」と述べた。実用化へ向けて、まだ課題は多いが、この技術が検診の未来を変え、がん治療を変えるきっかけにもなるかもしれない。いずれにしても成果が待たれるところだ。(本誌・山内リカ)

※週刊朝日  2020年1月3日号‐10日合併号