85歳を迎え、新作『老人の美学』(新潮新書)を刊行した文学界の巨匠・筒井康隆さん。情報化社会の本質と大衆の愚かしさを鋭く穿ち、フィクションへと昇華させ続けてきました。作家の林真理子さんと行った対談では、パリッと着こなしたスーツ姿で、テンポ良く関西弁で語る筒井さんに、老いることとは、書き続けることとは……など、マリコさんも聞きたいことが山ほどあって──。



*  *  *
林:先生の新作『老人の美学』(新潮新書)、話題になって、とても売れてるみたいですね。

筒井:売れてるといったって、あなたには及びません(笑)。

林:とんでもないです。

筒井:調べてもらったら、『老人の美学』というタイトルの本、今までなかったんだって。「老人」と「美学」が結びつかないんだな。

林:私なんかは「老人」と先生とが結びつかないですよ。多くの人もそうだと思います。

筒井:僕もう85歳ですよ。老人を主人公にした本を書き始めたのは、もう20年ぐらい前なんです。『敵』というタイトルの本で、老人って見てるといろいろおもしろいでしょう。老人を主人公にしたらおもしろいだろうなと思って、60歳をちょっと過ぎたぐらいに書いたんです。本当に老人になったら老人のことを書けないと思って。

林:80代になってみると、そのときとだいぶ違ってましたか。

筒井:ぜんぜん違いますね。悪いところも出てくるしね。

林:ご自分で老いを感じたりなさいます?

筒井:それはありますよ。睡眠薬の飲みすぎというか、睡眠薬依存……。

林:えっ、そうなんですか? 睡眠導入剤ですよね。

筒井:睡眠導入剤もありますし、ほんとに深く眠れる睡眠薬もあって、両方飲み分けたりしてるんです。

林:私の周り、50代60代で睡眠薬を飲んでる人、多いですよ。「夜眠れない」って。

筒井:昼間ウトウトするくせに、夜になったら眠れない。不思議だね。

林:このごろ、70代のカッコいい男の人がおむつしたりしてるんで、悲しくなっちゃいます。怒りっぽくなったり。

筒井:ああ、怒りっぽくはなりますね。僕もちょっと怒りっぽくなってるなということは自分でもわかる。それはカミさんからも言われる。阿川佐和子さんのお父さん(作家阿川弘之・故人)みたいに、しょっちゅう怒ってるってことはないけど。

林:最近、新聞を広げると、「ボケたらこうなる」とか「老人ホームはこんなに悲惨だ」とかいう雑誌とか週刊誌の広告が載ってて、寝たきりになるかボケるかの選択肢を差し出されてるような気がするんです。ああいうのを読んだら、だんだん暗くなっちゃいますよね。

筒井:脅かしてるというかね。脅かしても仕方ないんですよ。ボケちゃったら何が書いてあるかわかんないもんね。だからあれは無意味だと思いますね。気楽に死ねる方法はいくらでもあるし。

林:でも先生、死ぬのもけっこう難しいってこの本に書いてありましたよ。尊厳死についてもけっこう踏み込んで書いてらっしゃいますね。いま議論が盛んですけど。

筒井:真理子さんはどう思いますか、尊厳死っていうのを。

林:うちの母が亡くなったのは101歳でしたけど、管をつながれて意識がなかったんです。そこまでになると、こんなふうに生かされるのもどうかと思いました。99歳ぐらいまでは非常にしっかりしてて本も読んでましたが、最後の2年間はダメでしたね。

筒井:99歳までは元気でも、100歳になってわけわからなくなったら、そこから先は命を投げ出したらどうですか。「どうにでもしてくれ」って。少なくとも死の恐怖とか苦痛からは逃れられるわけで。

林:でも、安楽死も難しそうだし。

筒井:意識がはっきりしてるときに安楽死をしようと思っても、それはなかなかさせてもらえませんけどね。死の恐怖や苦痛から逃れようとすれば、ボケなきゃ仕方がない。だからボケるというのはいいんですよ。わけわかんないんだから、長生きすればするほど死ぬときはラクになる。老衰で死ねばいいんだから。あなたのお母さんみたいに。

林:いや、うちの母は寝たきりで可哀想でしたけど、幸せだったのは父で、92歳で亡くなる2日前に「もう十分生きたから、何もするなよ」と言って、直前まで「文藝春秋」を読んでましたし、病院でテレビ見ながらスーッと死んじゃいました。あれはいい死に方だなと思って。

筒井:それはいいね。人間ができてるんだな。

林:いや、違います。何かで夫婦ゲンカしたときに、母が「今までさんざん家族に迷惑かけたんだから、死ぬときぐらい人に迷惑かけずに死になさい!」って孫の手でポンとたたいたのを覚えてますよ。そのとおりになりましたけど。

筒井:やっぱりそれは立派だ。

>>【後編/筒井康隆と林真理子が“作家として困ること”で共感 その中身は?】へ続く

(構成/本誌・松岡かすみ)

※AERA 2020年1月31日号より抜粋