子どもが急にけいれんを起こして意識を失い、バタンと倒れる──。てんかんには、そんなイメージがあるが、実はシニアになってから発症するケースにこそ注意が必要だ。認知症や交通事故との関係も指摘されている。「高齢者てんかん」の最新事情を専門家に取材した。



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 てんかんとは、大脳の神経細胞が突然、過剰に興奮して、発作を起こす病気。日本では60万〜100万人の患者がいると推定され、決して珍しい病気ではない。

 子どものころに発症する病気と思われがちだが、最近は高齢になって初めて診断される「高齢者てんかん」が増えている。背景にあるのは高齢化。高齢者人口の増加に伴い、今後も患者数は増える可能性が高い。

 高齢者てんかんに詳しい国際医療福祉大学医学部教授で、福岡山王病院てんかん・すいみんセンター(福岡市早良区)の赤松直樹さんは次のように説明する。

「高齢者てんかんで注意しなければならないのは、一般的なてんかんのイメージとは違う形で発作が表れることがあることです。もちろん、多くの人が想像するような発作を起こすケースも、半数ほどあります」

 高齢者てんかんの半数に見られる特徴的な発作とは、けいれんが起こらない「焦点意識減損発作(焦点発作)」だ。スーッと意識がなくなったと思うと、その間、口をもぐもぐ、くちゃくちゃさせたり、フラフラと歩き回ったり、手をたたいたりといった自動症と呼ばれる動作を繰り返す。これが30秒〜3分ほど続く。意識が戻ってもボーッと一点を見つめ、しばらくはもうろうとしていることが多い。

「焦点発作は、脳の1カ所の神経細胞がショートすることで起こります。特に言葉や記憶、聴覚に関わっている側頭葉や、記憶をつかさどる海馬の神経細胞で発生しやすいことがわかっています」(赤松さん)

 原因の半分は脳の病気。なかでも脳卒中が最も多く、全体の3分の1を占める。そのため、「脳卒中後てんかん」を、他のてんかんと区別して呼ぶこともある。脳卒中のほかには、脳腫瘍や脳炎、頭部外傷、認知症などが原因となる(認知症とてんかんの関係については後述)。

「脳卒中では脳の血管が切れたり詰まったりしますが、その際に神経回路の一部がダメージを受けてしまう。それがてんかん発作の原因となります。脳卒中を発症した後にてんかん発作があり、ほかに原因がなければ脳卒中後てんかんを疑います」(同)

 残り半分の原因は今のところわかっていないが、赤松さんは「加齢によるもの」と推測する。加齢によって脳の一部が変性し、てんかん発作を起こすという。

 こうした高齢者てんかんで注目したいのは、シニアの自動車運転中の事故と無関係ではないことだ。実は、物損や軽傷の事故がきっかけでてんかんが見つかるケースは少なくないと、赤松さんは指摘する。

「初診の患者さんに話を聞くと、3カ月前に追突事故を起こしたとか、ガレージに車をぶつけたとか、そんなことを話される方もいます。車に限らず、自転車に乗っているときや機械操作をしているときに事故を起こした例もあります」

 高齢者が引き起こす交通事故は、記憶力や判断力などの認知機能の低下が影響しているといわれている。そのため、2009年からは、運転免許証の更新期間が満了する日の年齢が75歳以上のドライバーは、高齢者講習の前に認知機能検査を受ける必要がある。

 東京女子医科大学東医療センター(東京都荒川区)脳神経外科講師の久保田有一さんは、さらに、「高齢者は認知症だけでなく、てんかんの可能性も疑ってほしい」と訴える。

「認知機能の低下で想定される交通事故は、ブレーキとアクセルを踏み間違える、とっさに状況判断ができないといったことで生じます。一方、てんかんではボーッとして意識がない状態になるので、赤信号になってもアクセルを踏みっぱなしでいるとか、逆走しても気付かないまま走行するという可能性が考えられます」(久保田さん)

 てんかん発作は、突然、起こり、しばらくすると治まる。意識が元の状態に戻った後は認知機能も脳波も、健康な人とまったく変わらない。交通事故が起こっても、本人の申告がなければ、それがてんかん発作によるものなのか、事故後に究明するのは難しい。

 だから、心当たりがあったら医療機関を受診して、てんかんかどうかを調べてみること。状況に応じて、勇気を持って免許証を返納するというのも選択肢だ。

「これは、“てんかんの人は運転するな”ということではありません。診断を受けて治療し、発作が起きないことが確認されれば、再び、ハンドルを握ることはできます」(同)

 てんかんについての啓発活動や相談などを行っている日本てんかん協会の理事、田所裕二さんによると、「2年間、運転に支障が生じる発作がなく、今後、症状が悪化する恐れがないと医師が認めた場合、免許を更新したり取得したりすることができる」という。

「最終的には、適性検査を受けて決まります。気になる点があったら、まずはてんかん治療に詳しい医師にご相談ください」(田所さん)

 続いて診断だが、これは問診と脳波検査から総合的に判断される。特に重視されるのは、本人と家族からの聞き取りだ。

「焦点発作はご本人が気付かないで起こっていることが多い。ですから、ご本人からは、“最近、気付くとあざができている”とか、“違う場所にいる”とかの症状がないかをお聞きします」(赤松さん)

 一方、家族からは、ボーッとしていて家族の声掛けに反応がないときがあるか、ボーッとしているときに口をもぐもぐさせたり、手足をばたつかせたりしていないか、夜にフラフラと歩いて転倒したことはないかといった、周囲が見てわかる異変について聞き取る。

 さらに赤松さんは家族に対し、「てんかんかもしれないと思ったら、やってもらいたいことがある」と話す。

「気になる様子をスマホの動画で撮ってほしいのです。それにより、どんな症状が出ているのか、症状が出ている時間がどれくらいか、私たち医師もリアルに知ることができます。また、てんかんなのか、せん妄などほかの病気なのか、その鑑別もできます」(同)

 繰り返すが、発熱や血圧が高いといった症状とは違い、発作が出ていないときは健康な人と変わりない。そのぶん診断が難しい。早期診断につなげるためにも、スマホの動画が有効なのだという。

 幸い、てんかんは薬物治療が非常に有効で、高い確率で発作を抑えることができる。赤松さんは「特に高齢者の有効性が高く、9割ほど」と話す。

 現在、処方されているものは新しいタイプの抗てんかん薬。レベチラセタム(商品名はイーケプラ。以下同)、ペランパネル(フィコンパ)、ラコサミド(ビムパット)、ラモトリギン(ラミクタール)などがある。いずれも昔に使われていた薬で頻発しためまい、ふらつきといった副作用が出にくい。錠剤で、1日1〜2回服用する。基本的には1種類の薬ですむが、効果の表れ方によっては、2種類を服用することもある。

「高齢者は降圧薬や血糖降下薬など、複数の薬を処方されていることが多いですが、こうした薬との相互作用もなく、比較的安全な薬といえます」(同)

 重要なのは、きちんと診断を受け、薬を飲み忘れないこと。服用をやめると発作は再発しやすい。

 てんかんと交通事故で思い出されるのは、12年、京都市の祇園で起こった暴走事故だろう。軽ワゴン車を運転していた男性(当時30歳)が車を暴走させ、男性を含む8人が死亡、12人が重軽傷を負った。11年には栃木県の鹿沼市でもクレーン車を運転していた男性(当時26歳)が交通事故を起こし、児童6人が死亡した。これもてんかん発作が原因だとされた。

 2件とも高齢者が起こした事故ではない。だが、田所さんはこう話す。

「報道されている交通事故では、てんかんという持病があるにもかかわらず、きちんと薬を飲まない人が多い。てんかんは薬で発作を抑えることができる病気なのに、残念でなりません」

 治療の継続や普段の生活においては、家族の関わりが大事になる。

「薬の飲み忘れをしないように、しっかりチェックしてほしい。また、患者さんは発作が起こることにとても不安を覚えていて、家に閉じこもりがちです。最初のうちは一緒に出かけるなどして、薬で発作が出ないことに自信を持ってもらえるようサポートをお願いします」(田所さん)

 もう一つ、高齢者てんかんで関心を集めているトピックがある。てんかんは認知症と深い関わりがあることがわかってきたのだ。

 昨年12月に開催された米国てんかん学会に参加した久保田さんは、「実は、高齢者てんかんとアルツハイマー病は、お互いに作用し合い、負のスパイラルをもたらしていることが、専門家の間で指摘されているのです」と報告する。

 認知症の一つアルツハイマー病では、患者の脳の神経細胞にアミロイドベータやタウタンパクといった不純物が蓄積していることが知られている。これらの不純物には神経毒性があるため、それが原因で神経細胞が“ショート”し、てんかん発作を起こすというのがそのメカニズムだ。

 加えて、てんかん発作が起こると神経細胞からはある種のアミノ酸が放出される。それが神経細胞にダメージを与え、アルツハイマー病を進行させてしまう。

 この指摘はまだ検証中であり今後の研究結果が待たれるが、アメリカの医学誌には、アルツハイマー病の患者の7〜10%に高齢者てんかんが、高齢者てんかんの患者の10%にアルツハイマー病があることが報告されているという。

「これはたいへん重要なことだと考えています。なぜなら、現段階ではアルツハイマー病は治すことはできませんが、てんかんをしっかり治療することで、アルツハイマー病の進行を抑えられる可能性があるからです」(久保田さん)

 抗てんかん薬が認知症の予防薬になるかもしれない──。久保田さんらはそう期待して、近い時期に認知症の前段階であるMCI(軽度認知障害)の人を対象にして、抗てんかん薬にアルツハイマー病の予防効果があるかどうかをみる臨床試験を多施設共同で開始する予定だ。

 子どもが発症するイメージが強く、これまで見過ごされることも多かったシニアのてんかん。家族や自分の行動に不安や心当たりがあれば、一度医療機関に相談してみてほしい。(本誌・山内リカ)

※週刊朝日  2020年1月31日号