AI(人工知能)がブームになって久しい。一時は「人間の仕事を奪われる」など不安を煽る未来予想もされてきた。そのようななか、ある医師は「AIの補助がないと、診断が不安になりましたね」と漏らす。医療はもう「人間だけ」の時代に後戻りできないだろう。人間の想像を超えるスピードで情報を処理するAI。好評発売中の週刊朝日ムック「新『名医』の最新治療2020」から、その最前線の特集をお届けする。

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「AIは、ときに人間の医師と同等、あるいはそれ以上のパフォーマンスを発揮する可能性があります」

 医療AIに詳しい東京大学大学院医学系研究科特任研究員・「The Medical AI Times」チーフエディターの岡本将輝氏に特集のテーマを投げかけると、まずこの答えが返ってきた。

 近年のAIの急速な進化は、2010年に起きたディープラーニング(深層学習)の高度発達に端を発する。「第3世代AI」の始まりと言祝がれた、業界のターニングポイントだ。これを機に医療用画像を解析するAIの開発に取り組む企業が急増。AI関連企業に関する情報サービス会社・CB Insightsによれば、医療AIスタートアップへの投資額は18年の27億ドルから、19年の40億ドルに増加した。

「19年のAI投資全体が266億ドルであることから、ヘルスケア領域はAI投資を主導していると言えるでしょう」(岡本氏)

■医師が気づけなかった「兆候」、ついに発見

 第3世代AIの根幹となるディープラーニングは、画像認識・解析の技術を飛躍的に向上させた。日本でもすでに画像解析AIを開発し、医薬品医療機器法(薬機法)の認可が下りた企業がある。

 19年には、メイヨークリニック(アメリカ)が業界を沸き立たせる論文を発表した。平常時の心電図から、潜在的な心房細動(不整脈の一種)を識別するAIの研究だ。心房細動は場合によっては脳梗塞などを引き起こす疾患だが、平常時には心電図に変化が見られず、早期発見が困難だった。

 研究では、18万人を超える患者から、65万件の「不整脈発作の見られない心電図画像」を用いてAIを構築。その結果、医師の目には正常にしか見えない心電図であっても、心房細動の有無を突き止めることに成功した。つまり、人間には見ることのできない微細な変化やパターンが、AIには見えているというのだ。

「心房細動の診断・治療を根幹から変革する可能性を持つ研究です。それだけでなく、心電図には我々が気づかないだけで、さまざまな疾患に関する兆候が内包されている可能性も示唆しています」(同)

■開発に出遅れた日本 臨床活用に「高い壁」

 ほかの分野にも目を向けてみよう。創薬では、20年1月にExscientia(イギリス)と大日本住友製薬(日本)が、世界で初めて、AIを使って開発した化合物の臨床試験を開始した。また自然言語(人間が記述した言葉)を処理する分野においては、Babylon Health(イギリス)がAIとのチャットにより、鑑別診断や重症度予測などをおこなうサービスを提供している。

 目覚ましい発展の背景には国策による促進もある。アメリカは19年、AIの開発と規制緩和を促す大統領令「American AI Initiative」を発布。イギリスは17年の産業戦略白書で「AI・データ経済」を最重要産業の一つに指定。中国は17年に「次世代人工知能発展計画」で、「AI産業規模1兆元(約17兆円)をめざす」と打ち出した。一方、日本はどうか。

「現状は、医療AIを牽引する米・中と横並びとは言えません。スタートアップが国内で多数立ち上がる一方、医療機器として臨床に利用されるものは非常に限定的です。これは薬機法の高い壁が主因で、国外メーカーに参入を躊躇させる要因のひとつでもあります」(同)

 業界全体が途上にあるAI。「伸びしろ」はまだ残っている。

■画像解析 AIとのダブル診断でもう見逃さない時代へ

 世界1位の画像診断大国──そう、日本は対人口比のCT・MRI保有台数で世界1位を誇っている(日本放射線科専門医会・医会)。しかし、読影(画像診断)をする医師は足りておらず、医師1人当たりの読影件数も世界1位という実情だ。読影を支援するAIは今、急速に求められている。

 日本発の画像診断AIで薬機法承認を受けるに至った企業は2社存在する。1社目は、昭和大学・名古屋大学と共同研究を進めているサイバネットシステムだ。2019年3月、大腸内視鏡の画像を検査中にリアルタイムで解析し、腫瘍の状態を数値で示すAI「EndoBRAIN」を発売した。国内のがん罹患数1位である大腸がんの診断に役立つAIだ。同社医療ビジュアリゼーション部の須貝昌弘氏は「かなりの精度を維持している」と語る。

「専門医でない医師が見た場合でも、AIの併用で正診率が90%に上がりました。病理診断を効率化できると考えています」(須貝氏)

 また、同じく大腸内視鏡検査中に病変(ポリープ)の有無をリアルタイムで解析するAI「EndoBRAIN−EYE」も今後発売予定だ。試験での現場からの反響も良く、医師が見落とした病変をAIが発見した例もあったという。

「がん患者が増えていく一方で、医師の数は足りていません。EndoBRAIN−EYEで病変を見つけ、EndoBRAINでそれが腫瘍か非腫瘍かを判断する、という流れでAIが貢献できれば」(同)

■中国のデータを基に新型コロナにも対応

 国内のもう1社は、東京大学の研究室のメンバー3人でスタートしたエルピクセルだ。19年10月、脳MRI画像を解析して脳動脈瘤の診断支援をおこなうAI「EIRL aneurysm」を発売した。

「このAIが現場に与えたインパクトは二つあります」と同社代表取締役・島原佑基氏は話す。一つ目は「AIがないと不安になってしまう」ということ。一回でも見逃しをAIが検出した経験がある医師は以後、AIの重要性を強く認識するという。二つ目は診断に自信が持てること。AIが自分と同じ診断を下したことがわかると、多くの医師は安心するという。

「脳動脈瘤の画像解析AIは過去、誰もやったことがなく、始まったばかり。今後は検診での一次スクリーニングなど、医師の『よきパートナー』として認知・活用されることをめざします」(島原氏)

 一方、海外でいま注目されているのが、中国のベンチャー・Infervisionだ。15年の創立以来、北米や欧州などに進出。日本でも慶応義塾大学病院など複数の機関と共同研究をおこなっている。

 同社の提供する「InferRead CT Lung」は肺のCT画像を分析し、病変がある箇所をハイライトする。日本にあるアジア太平洋支社の代表取締役社長・周氏は、「過去の画像と現在の画像の変化を表示できる」ことを特徴として挙げる。

「病変の様子の変化を見ることで、医師は自身の治療の成果を評価することができます」(周氏)

 また同社がいま注力しているのが、「InferRead CT Pneumonia」だ。肺炎を検出するAIだが、完成直後に新型コロナウイルスが発生。武漢の病院からデータ提供を受け、迅速に改良が進められた。中国ではすでに臨床で利用されており、感度98・32%、特異度81・72%と、高い精度を誇っている。6月3日には日本での販売承認が下りたばかり。国内で販売される画像診断AIのメーカーは、これで三つ目だ。

「CT画像をAIで検査したうえで、PCR検査による確定診断をするという流れが理想だと考えています」(取締役副社長・郭氏)

(文・白石圭)

※週刊朝日MOOK「新『名医』の最新治療2020」より