「人間は進化したら何になるの?」
「どうして、“わたし”は“わたし”なの?」

 発想豊かな子どもの疑問に大学教授が本気で答える連載「子どもの疑問に学者が本気で答えます」。子どもに聞かれて答えられなかった疑問でも、幼い頃からずっと疑問に思っていることでも、何でもぜひお寄せください。明治大学教授の石川幹人さんが、答えてくれますよ。第20回の質問は「どうして、小さい子どもは「トウモコロシ」(トウモロコシ)、「おたかづけ」(おかたづけ)と言い間違うの?」です。

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【Q】どうして、小さい子どもは「トウモコロシ」(トウモロコシ)、「おたかづけ」(おかたづけ)と言い間違うの?

【A】言葉の音の順番を大事にしたため「言い間違い」とされるようになったのです

 私も小学生の頃、「メガネ屋さん」を「ネガメ屋さん」と言って家族によく笑われました。笑われるとくやしくて、「メガネもネガメも大して違わないやい」と、私は“負け惜しみ”を言っていました。

 この言い間違いには理由があって、近所のメガネ屋さんが看板の一部の横書き文字を、明治時代のように右から左に「ネガメ」と書いてあったのです。私はそれを見て「眼鏡はネガメだ」と覚えてしまったのでした。

 大人になって脳の勉強をすると、私の“負け惜しみ”には一理あると思うようになりました。脳で情報を一時的に保持する作業記憶は、それほど機能が高くありません。だから、「メガネ」も「ネガメ」も「ガメネ」も「メネガ」もみんな「眼鏡」のことにして、あまり音の順番にこだわらないほうが、脳の負荷が小さくていいのです。

 でも、そうすると「眼鏡」はいいけど、「時計」は問題です。「とけい」の順番が変わって「けいと(毛糸)」や「といけ(外池:人名)」になると別の意味と混同します。私たちの言語では、音の順番によって違う言葉にしています。そうしないと、言葉が足りなくなるのです。「とけい」の順番を変えると6つの異なる言葉ができるので、順番を気にして別々の意味を与えると6倍の新たな言葉として使えるわけです。

 ところが、順番を気にすれば、脳の負荷は高まるのです。それが言い間違いの発生原因になります。3つの音ならまだしも、5つの音で「けたかおづ」や、6つの音で「ロトシウコモ」となると、覚えて声に出すのがたいへんです。なぜならば、脳で情報を一時的に保持する作業記憶は、数秒で消えてしまうので、5つ以上の音を保ち続けるのがたいへんなのです。ひとつひとつを保ち続けられたとしても、それらの順番を覚えておくのはさらに負荷が高いのです。

 私たちは「おかたづけ」や「トウモロコシ」を懸命に覚えて、ひと固まりで簡単に言えるように訓練しているのです。そのため言葉の訓練途中の子どもは、「トウモロコシ」を覚えていたとしても、「トウモ」まで声に出した段階で、次の順番を混同し「コロシ」と思わず言ってしまいます。「コロシ」が「殺し」という意味をもつ印象的な言葉であることも、影響しているでしょう。かなり幼い子どもでも「殺し」のような刺激的な言葉は自然と覚えているものです。だから、「ロコシ」という意味のない音の列よりも、印象的な「コロシ」が作業記憶に浮かび上がって、入れかわってしまうのです。

 また「トウモロコシ」の「ロ」と「コ」の発音が似ていること、「おかたづけ」の「か」と「た」や、「メガネ」の「メ」と「ネ」も同様に発音が似ていることも、混同の原因になっています。

 確かに、3つの音ならば、他の言葉と混ざりやすいので、順番を厳しくする意義があります。しかし、5つや6つの音の順番は多少変わっても他の言葉と混ざりにくいので、順番を厳しくする意義はあまりないのです。だから、「トウモコロシ」や「おたかづけ」と言う子どもがいても、意味がわかるのであれば、「何それ!」などと、わざわざ言うほどのことではない、と私は考えます。

 最後に一点、最近こんな体験がありました。静岡県の浜名湖周辺のうなぎ屋さんに入ってメニューを見たら、「ひつまぶし」と書いてありました。「“暇つぶし”ってどんな料理かなぁ」と思わずつぶやいたら、笑われました。名古屋周辺ではよく知られた料理だったのですね。5文字でも順番が変わって混同が起きた例でした。

【今回の結論】私たちは、少ない音の組合せでいろいろな言葉を作って使っている。だから、順番を大事にする必要があるが、それを間違いなく行うために脳の訓練をしているのだ