作家でコラムニストの亀和田武氏は、村上春樹氏の新作『一人称単数』について書かれた「文學界」9月号を取り上げる。

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 村上春樹、6年ぶりの短篇集『一人称単数』は、読者にどう受けとめられたか。それが気になり「文學界」(文藝春秋)9月号を手にとる。村上の新刊を巡る鴻巣友季子、上田岳弘、小川哲の読書会に15頁が割かれている。

 鴻巣は冒頭で「村上春樹はいままで運命の出会いを書いてきたと思います」と語る。そうしたものへのこだわりが、今作でも奏でられているという趣旨の発言が続く。さらに「全体のトーンや仕掛けをすごく懐かしく感じました」とも鴻巣は述べる。架空の歌集や架空のレコードなどを作中に取り入れる手法に、「『風の歌を聴け』のデレク・ハートフィールド的な遊びを思い浮かべ」たと。

 小川が即座に「『懐かしさ』というのはよくわかります」と反応する。鴻巣は63年生まれ。86年生まれの小川が感じる「懐かしさ」は果たして同質のものだろうか。上田は79年生まれというから、村上のデビュー作と同じ年に誕生している。

 劣情について上田は言及している。冒頭作に登場する女性が「顔はぶすいけど、身体は最高だ」と男に言われる文章を引き、女性が読むと腹立たしいかもしれないが「でもこういうのは、男性の劣情をものすごく刺激する」と。

 劣情問題には一家言ある私だから、男性一般と書かれると首肯できない。何に性的興奮を覚えるか。男の劣情も色々です。しかし村上の女性観もブレない。というか懲りないね。

 ノーベル賞を受賞できないのも、都合のいい女性観や性意識ゆえと指摘されているのに、この新刊には「彼女は、これまで僕が知り合った中でもっとも醜い女性だった」と始まる短篇も。あえて挑発的に書いているんだな。「村上春樹学的」に新作に興奮する若手作家がキモくて笑えたな。(この項つづく)

亀和田武(かめわだ・たけし)1949年生まれ。作家・コラムニスト。一瞬すれ違っただけなのに忘れられない人や、昭和から続く親しい友人との交遊を描くエッセイの第2 弾『夢でもいいから』(光文社)が刊行されました。尾崎豊、三谷幸喜、川上麻衣子、甲斐よしひろ、Dr.コパ、内田裕也さんらが登場

※週刊朝日  2020年9月4日号