誰だって「死」は怖い。よほど勇気がないと自ら命を絶つなんてことはできない。ではなぜ、自ら死を選ぶ人がいるのか。



「そこには共通する病気があります。それが『うつ病』です」

 こう話すのは、日本自殺予防学会理事長で帝京大学医学部教授の張賢徳医師だ。WHO(世界保健機関)によると、自殺した人の97%には、うつ病や躁うつ病などの気分障害や、アルコール・薬物依存、統合失調症、パーソナリティー障害など、精神医学で診断がつく病気があった。

「これは、遺族への聞き取り調査の結果からわかったことです。医療機関にかかっていた人はもちろんですが、かかっていなかった人も、同じようにうつ病などの精神医学的な病気がありました」

 うつ病は、日本人の100人に3〜7人が経験している病気で、患者数は約130万人。精神的、肉体的なストレスが長時間続くことで、発症する。うつ病に詳しい川村総合診療院(東京都港区)院長の川村則行医師は、「うつ病は脳の機能障害」と説明する。

「最近の研究で、うつ病は感情を調整するセロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質のバランスの乱れで起こることが明らかになっています」

 この結果、強いネガティブな感情に支配されたり、他のことが一切見えなくなる“心の視野狭窄”が生じたり、自責感にかられたりするようになる。その先にあるのが、自ら命を絶ちたいという強い欲求だ。

「大事なのは、これは本人の意思とは別に起こる衝動だということ。実際、うつ病の患者さんに『なぜ死にたくなるのか』と聞くと、『わからない。それくらいつらいとしか答えられない』と言う人がいます」(張医師)

 川村医師も言う。

「死にたいのではなく、この苦痛から逃れたい、楽になりたいのです。一度そういう考えに支配されると、大切な家族のことや、仕事のことなどはどうでもよくなってしまう。それくらい死への欲求が強まるのです」

 コロナ禍で国民の多くが不安を抱いている今、「単なる不安ではなく、うつ病のレベルに達している人は、相当数いるのではないか」と張医師。その人たちの自殺リスクに警戒感を持つ。

「脳の機能障害を起こしてうつ病を発症するまでには、少し時間がかかります。実際、新型コロナが関係してうつ病になったと思われる患者さんが受診するようになったのは、緊急事態宣言の2カ月後、6月に入ってからです」

 これは自殺者数を見ても明らかだ。月別の自殺者数は今年7月に急に増え1818人に。8月は1854人となった。

 心の悩みに対する無料SNS相談を実施する、NPO法人東京メンタルヘルス・スクエアの常務理事、新行内勝善さんは、「8月以降、『死にたい』という相談が明らかに増え、カウンセラーの間でも話題になっていた」という。

「特に、竹内結子さんの自殺報道があった日は、これまで多くて1日300件程度だった相談アクセスが、当日は1400件、翌日は1800件ありました。この2日間は特別だとしても、相談件数は減っていく感じはしません。状況は深刻です」

 竹内さんの自殺では、その背景に「産後うつ」があったのではといわれている。

「産後うつとは、子どもを産んだ女性の10人に1人がかかる、うつ病の一つです。誰でもかかる可能性があり、過去には、母親だけでなく、そのパートナーがかかったケースもあります」

 そう話すのは、産後うつに詳しい産婦人科医で広尾レディース(東京都渋谷区)院長の宗田聡医師。国立成育医療研究センターの調査では、妊娠中から産後1年未満の女性の死因の1位は自殺であり、2年間で約100人が命を落としている。

「子どもを残して命を絶つなんて考えられない」と思う人も多いだろう。だが、これもうつ病がもたらしたものだと宗田医師は言う。

「“子どもを産んだお母さんはみんなハッピー”というのは幻想。そのような考え方が、産後うつで悩んでいる患者さんを追い詰めています」

 川村医師は、うつ病になりやすい人の性格には二つあるという。一つは、まじめで責任感が強く、完璧主義者なタイプ。もう一つは、人前では社交的で明るいが、一人になると孤独感に襲われるというタイプ。後者は特に人に心を開いて苦しい胸の内を打ちあけることができない。一人で抱え込み、どんどん自身を追い詰めていく。

「いずれにしても、周りが気づいてあげることが大事です」

 では、自殺を考えている人はどんなSOSサインを出すのだろうか。新行内さんが説明する。

「身辺整理をしたり、お世話になった人にあいさつ回りをはじめたり、『死ぬ』と口に出している方は危険です。また、死別や失業など失ったものが大きい場合や、災難が重なって追い込まれている時も注意が必要です」

 身近な人がサインを出していたら、周りはどんな関わり方をすればよいか。張医師はこうアドバイスする。

「まずは、『最近、元気ないね、どうしたの?』『眠れている? ご飯は食べているの?』などと声をかけてください。その際に『つらい』『死にたい』と言われても焦らない。『死にたい=今すぐ死ぬ』ではないので、深呼吸をして落ち着きましょう」

 うつ病の人は、自分は誰の役にも立たないといった「疎外感」や、人の迷惑になっているという「お荷物感」を抱きやすいことがわかっている。

「なぜ、そのような気持ちになるのか、聴いてあげてください。反論したり、アドバイスをしたりするのは、控えましょう。大事なのは、自分たちだけで抱え込まないこと。心配だったらすぐに病院や精神保健福祉センター、法テラスなど専門機関につないでください」

 こうした対応を「TALKの原則」という。

 うつ病の可能性がある人の半数は、治療を受けていないというデータもある。この半数をいかに医療機関に結びつけるか。それが周りの人ができる対策だという。

 自殺問題を取材するジャーナリストの渋井哲也さんはうつ病が治りかけるときこそ、注意が必要と呼びかける。

「自殺のリスクが高いのは、病気が重症化しているときよりもむしろ、気力や体力が戻ってきた回復期です。体力や気力、意欲が高まって、自殺への行動につながりやすいといわれています」

 日本は欧米諸国に比べ、自殺予防が進んでいないといわれる。渋井さんは「そもそも対策が十分ではない」と指摘する。

「例えば電話やSNSの相談も、24時間対応のところはほとんどない。予算を付けてスタッフを充実させることが喫緊の課題。対策の『質』を高めなければ、実際の自殺予防にはつながりません」

◇相談窓口
■日本いのちの電話連盟
・フリーダイヤル0120・783・556
(16時〜21時、毎月10日は8時〜翌日8時)

■よりそいホットライン
・フリーダイヤル0120・279・338
・IP電話やLINE Outからは050・3655・0279
(24時間)

■こころのほっとチャット
・LINE、Twitter、Facebook @kokorohotchat
(12時〜16時、17時〜21時、最終土曜日から日曜日は21時〜6時、7時〜12時)

(本誌・山内リカ、西岡千史)

※週刊朝日  2020年10月16日号