不妊治療をめぐって、菅内閣は、保険適用拡大までの支援策として、今の助成金制度を来年4月から拡充する方向だ。高額な費用を払っても必ず妊娠できるとは限らない不妊治療は、「出口の見えないトンネル」ともいわれる。国の支援策が患者から歓迎される一方で、営利を優先する治療施設の実態を訴える声も聞こえてくる。



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 私も抱いてみたい――。東京都内に住む不妊治療中の女性(37)は、赤ちゃんを抱いて歩く夫婦をみるたびに胸が締めつけられる。3回目の転院先で体外受精に挑戦。受精卵を子宮内に移植したが、着床しなかった。これまでの費用は150万円。「夫とここまでと決めていた金額だけど、あきらめられない。あと1回採卵したい」と考えている。

 不妊に悩む人を支えるNPO法人「Fine(ファイン)」のアンケート調査(2018年)によると、通院開始からの治療費総額が100万円以上の割合は56%に上り、300万円以上払っている人も増加傾向にあるという。

 背景には、重い費用負担に悩みながらも治療をやめる決心がつかない患者と、患者が希望する限り治療を続けてしまう治療施設の営利主義がある。

 日本には約600の不妊治療施設があるが、その多くは都心部に集中し、業界では患者の獲得争いが起きている。不妊治療専門の東京HARTクリニック(東京都港区)に勤める小柳由利子医師は、「自由診療である不妊治療は、医療というよりビジネスに近い」と言う。

「確かに不妊治療は、高度な治療設備や、培養士など専門性の高いスタッフが必要なためにコストがかかります。しかし、その負担が患者に集中し、患者目線での治療が行われているとは言いにくい。業界の一部では、できるだけ薬を使わずに治療費を抑えたい患者側と、できればしばらく通ってから妊娠してほしい施設経営者側の思惑が一致して、エビデンスに乏しい非効率な治療が蔓延しています。欧米のように、各施設の治療成績を国や第三者が管理するシステムを作り、妊娠したい患者さん側の利益と、施設側の利益が相反している今の状態を改善すべきです」

 施設経営者のなかには、「本音は何回か採卵してから『卒業』(=陽性判定が出た後、産科へ転院すること)してもらいたい」と言う医師や、「患者の気持ちを傷つけると評判が落ちるから、できることなら初診時に厳しい数字(妊娠率)を見せたくない」と考える医師もいるという。

 このように、患者は「治療をやめるべき」とはっきりアドバイスされることがないのが現状だ。

 結果、経済的な限界が治療を断念する理由となるケースも多かった。不妊治療に保険が適用されて安価で受けられるようになると、延々とやめられなくなることを不安視する声もある。

 患者の決断をサポートするのは、医師の役目ではないのだろうか。不妊治療の「やめどき」について、小柳医師はこう話す。

「率直に説明しても、治療の終結を決断できる患者さんばかりではありませんが、医学的には、体外受精で良好な胚が育たなくなればやめどきと言えます」

 現実的な妊娠率をみてみると、小柳医師の勤めるクリニックでは、38歳以下の体外受精では85%の患者が妊娠・出産に至っているのに対して、40代ではその割合は20%未満まで下がってしまう。また、40代で陽性判定がでてクリニックを「卒業」できた患者のうち、9割近くが「3回までの採卵」で妊娠に至っていた。

「このことから、38歳から40歳にかけてのわずか2、3年が、運命の分かれ道で、これを超えないうちに治療を始めることが重要です。また、40代では『採卵3回』がやめどきの目安と言えると思います」(小柳医師)

 また、保険適用について、小柳医師は、「医学的な可能性に基づいて不妊治療の枠組みをつくることは、妊娠につながる治療を促す一定の効果がある」としたうえで、「欧米のように年齢と回数に制限を設けるべき」と主張する。

 フランスでは体外受精への保険適用は「42歳以下4回まで」、ドイツでは「40歳以下3回まで」と、年齢や回数が制限されている。

「アメリカでは患者さんの不利益となる治療を続けることがないように、40代の患者さんには卵子提供がすすめられますし、養子縁組といった選択肢もあります。子どもを育てたいという希望に対しては、何も自己卵での治療に限る必要はありません。さまざまな選択肢を増やすことが、患者さんの自己決定を促すと思います」(小柳医師)

 最終的に、不妊治療の出口を決めるのは患者自身だ。本当に求められるのは、出口の先にある、多様な選択肢を受け入れる社会なのかもしれない。

(アエラムック編集部・曽根牧子)


【取材した医師】
小柳由利子医師
産婦人科医、不妊治療医。2006年福島県立医科大学医学部卒業後、町田市民病院、木場公園クリニック、東京大学分子細胞生物学研究所を経て、2015年から東京HARTクリニック勤務。医学博士。妊活・不妊治療に関する知識の啓発に取り組む。