配偶者に先立たれ何も準備をしていなかった場合、財産や人間関係などでトラブルになるケースがある。夫婦ともに健在の今だからこそできる準備を紹介する。



対策しておきたいのが、相続だ。

 ベストセラー『身近な人が亡くなった後の手続のすべて』シリーズの監修を務める司法書士の児島充さんは、相続に必要な手続きが遺族の大きな負担になると語る。

「遺族には、相続財産と相続人を特定することが求められます。死後にこれらを把握することは、同居家族でも難しいものです」

 相続財産は、現預金だけではなく、自宅などの不動産、自動車・貴金属などの動産、有価証券、著作権なども対象となる。また、借金やローンといったマイナスの財産も相続の対象だ。遺族は、故人の預金通帳や郵便物、借用書などを手掛かりに、こうした故人の財産を調べ、把握しなければならない。個人でできない場合は、弁護士や司法書士といった専門家に調査や手続きを依頼することもできるが、作業量に応じて数万〜数十万円の費用がかかる。また、調査完了まで1カ月〜数カ月かかる場合もある。

「財産などの情報は、エンディングノートに記して、家族にノートの保管場所を伝えておくか、生前から家族間で情報共有しておくと、相続の手続きもスムーズに進みます」(児島さん)

 エンディングノートについては後述したい。

 一方、相続人の特定作業で、遺族の大きな負担となるのが、故人の「戸籍謄本集め」だ。

 例えば、故人と配偶者、その子どもらが記載された戸籍謄本だけでは、全ての相続人を特定したことにはならない。仮に、故人と前妻(前夫)の間に子どもがいた場合、その子も法律上は相続人としての権利を有する。ややこしいのは、転籍や婚姻、法改正により、戸籍は都度新しく作り直され、過去の情報(この場合、前妻との子どもの存在)は記載されないということだ。従って、相続人を正確に特定するためには、故人の出生時から死亡時までに作成された全ての戸籍を取得しなければならない。

 この戸籍謄本は、故人の預貯金の払い戻しを申請するうえで、金融機関に提出しなければならない。故人の口座は、金融機関が死亡を認知した時点で凍結され、没後は家族であっても原則として預貯金は引き出せなくなる。故人の戸籍謄本が複数ある場合、複数の市区町村の役場に申請に行ったり、郵送で請求したりといった作業が必要になるため、預貯金が払い戻されるまでに数カ月かかるといったことも考えられる。

 こうした負担を遺族にかけないために、生前に過去の全ての戸籍謄本をそろえておき、家族に保管場所を伝えておくのも一つの選択肢だろう。

 また、財産の相続で気になるのが「相続税」だ。できるだけ低く抑えたいのが本音だが、税理士兼ファイナンシャルプランナーの福田真弓さんは、「妻に財産を相続させる場合はほとんど気にかける必要はない」と話す。

「妻には『配偶者の税額軽減』が適用され、相続額が法定相続分もしくは1億6千万円以内であれば非課税になります。そのため相当な資産家でない限りは、特に節税対策の必要はありません」

 一方で、子どもに財産を相続させる場合は、さまざまな節税対策を講じることで、より多くの資産を残すことができる。その一つが、「暦年課税制度」による財産の生前贈与だ。

「通常、財産を贈与したときは『贈与税』がかかりますが、暦年課税制度を利用すれば年110万円までは非課税になります。年110万円の非課税枠は、財産を受け取る人ごとに設けられるため、例えば、長男と長女に毎年110万円ずつ財産を贈与し、それを10年間続ければ、2200万円分の資金を無税で移転できます」(福田さん)

 ただし、注意すべきことが二つある。一つは、生前贈与を行うごとに「贈与契約書」を作成し、贈与の事実を証明できるようにしておくこと。もう一つは、夫(被相続人)が死亡した日から3年以内に贈与された財産については、「相続税」の対象になることだ。これは裏を返せば、3年より前に贈与された財産(年110万円以下)であれば、贈与税も相続税もかからないことになる。そのため生前贈与を行うのであれば早いに越したことはない。

 このほかにも、死亡保険金の名義を誰に設定しているかで、支払う税金の種類や金額が変わってくる。(1)の場合、受取人には相続税がかかるが、「500万円×法定相続人の数」までの保険金は非課税となる(例:妻と子2人の場合、1500万円を死亡保険金から控除できる)。さらに受取人が配偶者の場合は、先述した配偶者の税額軽減が適用されるため、巨額の保険金でない限り、無税で受け取ることができる。

 一方、(2)の場合は、「(死亡保険金―払った保険料―50万円)÷2」の金額に対し所得税がかかる。支払われる保険金の額が大きい場合は所得税も高額になるため、契約者を「夫」名義に変更して(1)のパターンに変更したほうがよい。また(3)の場合は、ほとんどの場合(1)(2)よりも税負担が大きくなるため、契約者と受取人の対象を見直そう。

「生前整理」も重要だ。荷物の整理だけでなく、携帯電話やサブスクリプション(定額制サービス)なども見直したい。配偶者の死後、何年にもわたって銀行口座から代金が引き落とされていたケースもある。

 また、遺言書の作成や葬儀業者の選定、墓地・墓石の購入など、今後行う作業を進めるうえでは、エンディングノートを作るといい。終活カウンセラー協会代表理事で、2万1千人以上の「終活カウンセラー」を育ててきた武藤頼胡さんは、「ポイントは、1ページを『過去・現在・未来』に分けること」と話す。

「例えば、『お墓』のページだったら、先祖代々信仰してきた宗教や宗派は何か(過去)、先祖代々の墓は今どこにあって誰が管理しているのか(現在)、自分もそこに入りたいか、あるいは別に墓を建てるのか(未来)といった感じです。このように物事を時系列で整理すると、自分が不安に感じていることや決断できていないことが可視化され、今後の行動計画が立てやすくなります」

 生前整理は、物や金だけでなく、人間関係にも気を配りたい。武藤さんは、信頼できる仕事仲間や友人など、自分の交友関係を「人物相関図」にしてエンディングノートに書くことを勧めている。

「こうしておけば、没後に訃報を知らせるお互いの相手がすぐにわかるし、自分の死後も家族と友人らの縁をつないでおけます。遺族が円満な人間関係を維持できるようにしておくことが最後の役目です」

 この「遺族の人間関係を壊さない」という考え方は、遺言書の作成や葬儀、墓選びでも重要だ。

 遺言書には大きく、自分で紙に書いて残す「自筆証書遺言」と、公証役場に行って公証人に作成してもらう「公正証書遺言」の二つがある。どちらも法的効力は同じだが、自筆証書の場合、文書の形式に不備があると無効になる恐れがある。トラブルを確実に避けたいなら、公正証書が安心だ。

「自筆証書でもう一つ気をつけたいのが、遺言書の保管場所を本人が忘れたり、遺言書があること自体を家族が知らないケースです。死後、数年経ってから遺言書が発見されると、新たな火種になることもある。こうしたトラブルを防ぐために、今年の7月から自筆証書遺言を法務局が預かって相続人に通知してくれる制度ができました。不安な方はぜひ利用をお勧めします」(武藤さん)

 また、葬儀業者や墓地・墓石を選ぶうえでは、生前に3カ所ほどから相見積もりを取っておきたい。このとき総額だけでなく、素人が見てもわかりやすい料金表示になっているかチェックしよう。

「悪質な葬儀業者だと、項目が大ざっぱだったり、参列者の数によって料金が変動する旨を記載しておらず、葬儀後に大幅に割り増しした代金を請求してくることもある」(同)

 もしもの事態は、いつやってくるかわからない。「まだ早い」と感じる今から、夫婦で生前対策を始めよう。(ライター・澤田憲)

※週刊朝日  2020年11月6日号より抜粋