精神科医として活躍する一方、著書の執筆や評論など、多方面に活動する和田秀樹さん。作家・林真理子さんとの対談で、精神科医の視点から見れば、現在のコロナ対策のままだと自殺者が増え、高齢者の死亡率も上がると指摘しました。



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林:先生は前から「あんまりコロナ、コロナと言ってると、心を病む人が多くなる」と警鐘を鳴らしていますが、おっしゃるとおり、8月に、女性の自殺者が40%も多くなりましたね。

和田:日本のコロナ対策は、日本の医学の悪いところが形になってあらわれていると思うんです。たとえば東大の内科は、僕らが学生のころから第一内科、第二内科、第三内科、第四内科と分かれていたんですけど、平成になって、臓器別診療といって、消化器内科とか呼吸器内科とか糖尿病専門の内科とか腎臓内科とかに分けられちゃったんです。人間を全体的に診るよりも、臓器別に診る形に変わってきた。だから医者は自分の専門の臓器のことしか言えなくなっちゃった。

林:縦割り行政みたいなものですね。

和田:そう。今回のコロナに関しても、感染症対策専門家会議の人選をするときに、感染症の専門家ばっかり集めちゃったから、感染症予防対策として「なるべく人と会わないで家に閉じこもっていましょう」とか言う。だけど、精神科の立場から言うと、外に出ないで日光に当たらないと、セロトニンという神経伝達物質の分泌が減るから、うつになりやすくなるんですよ。

林:ほぉー。

和田:僕は老年医学というのもやってるんだけど、お年寄りの閉じこもり生活は足腰が弱くなるし、免疫にも悪いし心にも悪いし、脳の機能を弱めたりする。その意味で、全般的に見ると今の感染症対策は人間全体に対して悪いと思うんですね。感染症対策にとってはよくても、ほかに弊害があるということが論じられていないから。

林:専門家会議とか感染症対策分科会から政府へ提言がありますが、政府の対策があんなに振り回されていいものなんですか。

和田:安倍政権になってからの悪いところだと思うんだけど、いろんな形で議論すればいいのに、ある一方向だけが正しくて、それ以外は間違ってるみたいになってしまっている。それは少なくとも認知科学の立場からはよくない。うつ病予防の対策でいちばん大事なのは、多様な考え方ができるということです。「こうでなければならない」とか「これが正しいに決まってる」と思い込む人は、それがうまくいかなくなったときに、うつになりやすいんです。

林:なるほど。

和田:たとえば、失恋したときに「私にはもう二度と彼氏があらわれない」とか、失業したときに「もう幸せになれない」と思った人はどんどんうつがひどくなるんですが、「この可能性がある。あの可能性もある」と思える人は、うつになりにくいし、なっても改善しやすい。つまり考え方を多様にしなくちゃいけない。これまでの常識に縛られたり、ある一定の専門家と称する人間が言ってることがみんな正しいというのは、あまり賢明な対応ではないような気がしますね。

林:このあいだ先生が「月刊Hanada」という雑誌の対談で「右側の『Hanada』を読むような人は、反対側の意見を持つ『週刊金曜日』を読んだほうがいい。腹が立って前頭葉を活性化させるから」とおっしゃって、笑っちゃいましたよ。

和田:超高齢社会になればなるほど、認知症が増えるずっと前に、前頭葉機能が落ちる人が増えます。前頭葉って、創造性とか思考のスイッチング、想定外のことに対応するとされていて、多様な考え方を受け入れることが、前頭葉の老化防止につながるんだけど、ある方向性の考え方だけが正しいとなると、前頭葉をよけい老化させてしまうんです。

林:なるほど。私も最近、なかなか固有名詞が出てこなかったりするけど……。

和田:本格的なもの忘れは70代80代になってからしか起こらないんですよ。ちょっと人の名前が出てこないとか、そのレベルのもの忘れは想起障害といって、思い出せないだけです。認知症の記憶障害というのは、脳に書き込めなくなっちゃうのね。だから新しいことが覚えられない。人間の脳って、もの忘れとか知能程度の問題が起こる前に、前頭葉が萎縮してくると意欲がなくなったり、感情のコントロールが悪くなって暴走老人になったり、新しいものへの対応とか思考の多様性がなくなってくる。行きつけの店でしかごはんを食べなくなるとか、同じ著者の本しか読まなくなるとか、そういうことが前頭葉の老化の兆候なんですよ。

林:週刊朝日の読者の方は年齢が高いので、大切なお話だと思いますよ。

和田:林先生みたいに、文学賞の選考なんかでいろいろな作品を読んで評価するというのは、まだ前頭葉が若いということなんですよ。日本は世界に冠たる超高齢社会だし、さらに厄介なことに、平均年齢、つまり真ん中の年齢が47歳ぐらいなんです。ということは、上半分の人はみんな前頭葉が萎縮してるということなんです。

林:ちょっと、やめてくださいよ。

和田:頭のカタい人が増えてるのは、高齢化のせいともいえるんですね。

林:確かにそうだと思いますよ。すごく激しく「右だ!」「左だ!」とか言って。これはSNSの影響もあると思うんですけど。

和田:外国の場合、SNSは意見をぶつけ合う場なんだけど、日本の場合、SNSが少数意見をつぶす場になっているのが問題です。コロナ対策にしても、「あんなのただの風邪だ」なんて言おうものなら袋だたきにあう。毎年インフルエンザで死ぬのが3千人から1万人。毎年10万人が肺炎で死んでるんだけど、そのうち9万5千人は高齢者なんです。それを考えたら、命を奪うという点において、インフルエンザだって同じぐらい怖いわけですよ。

林:このご時世でも、かたくなにマスクしない人もいますよね。

和田:感染者がマスクをしてなかったら、ほかの人にうつす確率は上がります。ただ、いま東京のPCR・抗原検査の陽性率は3.9%(11月3日時点)なので、一緒に食事してる人が検査で陽性、あるいはうつす可能性があるという確率は、そんなに高くない。

林:ええ。

和田:もう一つは、東京はともかく、5万人、10万人に1人の感染者しかいないレベルの地方の学校まで、運動会だの文化祭をやめさせたり、みんなにマスクをさせる必要があるのかという話になってくる。感染者がほとんど出ていない地域で「デイサービスやめます」とか「家に閉じこもってください」とかやったら、たぶん数年後に要介護率が2倍とか3倍に上がります。それと同じように、高齢者の交通事故は多いように見えて確率的にはそんなに高くはない。しかも、人をはねるという事故の確率はもっと少ないんです。ところが、高齢者が免許証を返納すると、6年後に要介護状態になる確率が2.2倍に増えるという調査結果があります。

林:なるほど。

和田:「田舎の親が高齢なので、免許証を返納させたほうがいいですか?」と聞かれたときに、「かなり少ない確率でお父さんは死亡事故を起こしますが、6年後に要介護になる確率は10%のはずが20%に増えますよ。どっちにするか選んでください」としか言いようがない。

林:皆さんどちらを選びますか。

和田:人によりますよね。かなり少ない確率であったとしても、人をはねてしまって迷惑をかけるのはイヤだと考えるかどうか。日本人は基本的に人に迷惑をかけるのがイヤな国民性だから、マスクだって人にうつして迷惑をかけたくないという心理がすごく強い。でも、「人に迷惑をかけたくない」という価値観を、ある程度崩していかないといけない。高齢になればなるほど、誰かの世話にならないといけないわけですからね。

林:そうですよね。

和田:AIの社会とか高齢化がこれ以上進んで、これまでの常識が変わってきたとき、それに対応できなくちゃいけないんだけど、今のコロナ対策の単純な「予防一筋」のやり方を見ていると、高齢化とかAIの社会にこの国は対応できるんだろうかという不安を感じますね。

林:ただ、最初のころは「家でじっとしていなさい」の一点張りだったのが、最近はちょっとブレーキをゆるめて、アクセルを少し踏み始めたかなという感じもします。

和田:そのときに「命か経済か」の議論をするわけですね。でも、僕ら精神科医からすると「命と命」なんですよ。今の対策のままだと自殺も増えるし、高齢者の数年後の死亡率だっておそらく増えるだろう。それを考えると、コロナで死ぬ人の命を守るのか、メンタルがやられた人とか高齢者の命を守るのかという「命と命」の話になってくる。アクセルも踏んでもらわないとメンタルヘルスが守れないし、高齢者の足腰とか脳の状態も守られないわけですから、「命と命」だと思ってるんです。

林:でも、心って見えないから、「こういうことをすると心が病んできますよ」と言われても、「もっと心を強く持て」「ガンバレ」とか言われがちですよね。

和田:ところが、たとえばうつ病に対応するときに、そういう根性論の人はかえって自殺が多いんですよ。人に泣きごとが言える人とか、適当なところであきらめがつく人のほうが自殺が少ない。「バカと天才は紙一重」とも言いますが、天才と呼ばれるタイプの人は意外にうつ病や統合失調症にはならなくて、どちらかというと真面目な人がなるんです。「心を強く持てばいい」という発想自体、心が弱いんですよ。「しょせん人間の心なんて弱いものだ」という価値観を持たないといけない。

林:先日、朝日新聞に、19歳のシングルマザーがコロナで仕事がなくなっちゃって、「子どもにごはんを食べさせられない。どうしたらいいんでしょうか」とかいう記事が大きく載りましたが、「生活保護をもらえば?」と私なんか思っちゃうんです。

和田:おっしゃるとおりで、弱い人って、国がちゃんとやってくれる制度があることさえ知らないんですよね。19歳だったら消費税を払い続けてるわけで、払った税金の元を取るという発想を持つべきです。うつ病で生活保護を受けるんだって、これまで払ってきた税金を返してもらうだけの話で、お上に厄介になっているとか迷惑をかけるという発想をしてはいけない。返してもらう権利があるものなのに、それが知られていないんですよね。

林:それを教えてあげればいいのに、実態だけを書いて終わりなんて、ほんとにおかしいと思う。

和田:マスコミであれ学校教育であれ、この国が間違ってるのは、ソリューション(解答)を教えないことだと思うんです。いじめによる自殺が起こったときに「いじめをなくしましょう」ってやるでしょう。本来なら「学校って休んでもいいんだよ」とか、「スクールカウンセラーがいます」とか、いじめられたときにどうすればいいかを教えるべきなんです。

林:私もそう思います。銀座のママたちがコロナの持続化給付金の申請をしようとして、「銀座のクラブやバーになんで支給しなきゃいけないんだ」みたいな声がSNSで上がったときに、銀座のママの代表みたいな方が、「私たちがどれだけ税金を払ってるか知ってますか? こういうときこそちゃんと支援してほしい」と言ったので、さすがだなと思いましたよ。

和田:日本はSNSの時代になっても表層的な情報しか出てこないんです。「これはいかん」とか「これは正しい」とかって、感情論じゃないですか。SNSが感情の増幅装置になっている。

林:それで人を死に追いやったりするわけですよね。私、ほんとにわからないのが、(SNSの誹謗中傷が理由で自殺したと見られる)木村花さんを悼む一方で、「2ちゃんねる」をつくった男性が、文化人ヅラしてコメンテーターとして出てること。裏社会で生きてきたなら、それを通すべきだと思う。コロナにしても、テレビ局のコメンテーターの選び方って、一体何なんだろうってつくづく感じますよ。

和田:感染症のプロ、免疫学のプロ、精神科のプロとかをゲストに呼んで、多面的な意見を言わせて視聴者に考えさせるのがふつうの国のやり方だと思うんだけど、日本の場合は「コロナはコワい」とか「対策を怠ってはいけない」とかいう話ばかりで、感情とか常識論を言うだけのコメンテーターが並んでるから、よけい前頭葉を老化させている。議論じゃなくて、「当たり前の確認」でしかない。

林:これからジワジワとこのツケが回ってくるでしょうね。

和田:いろんなことがコロナを通じて変わると思うんです。ただ、日本の場合は、世の中が変わってもシステムが変わらないんですよ。医学部一つとっても、高齢者が増えれば増えるほど、さっき言ったように臓器別診療では困るわけです。一人の患者さんがいくつも病気を持っている可能性が高いですからね。ところが、それにナタを振るえるような厚生労働大臣が出てこない。

(構成/本誌・松岡かすみ 編集協力/一木俊雄)

和田秀樹(わだ・ひでき)/1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、精神科医・臨床心理士。国際医療福祉大学心理学科教授。和田秀樹こころと体のクリニック院長。和田秀樹カウンセリングルーム所長。一橋大学経済学部非常勤講師。川崎幸病院精神科顧問。映画監督としても活躍。近著に『東大医学部』『「コロナうつ」かな?』『感情の整理学』など著書多数。

>>【後編/異論を言う人は嫌われる? 精神科医・和田秀樹がテレビから消えた理由】へ続く

※週刊朝日  2020年11月20日号より抜粋