産後の女性は慣れない育児に追われ、自分の健康管理は疎かになりがちだ。授乳中は薬も健診も無理だと思い込む人も多いが、見直そうと専門家は呼びかける。AERA 2021年3月8日号から。



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 千葉県に住む公務員の女性(42)は3年前、第1子の授乳中に腱鞘炎になった。両手の指や手首が痛み、子どもを抱っこすることもつらい。出産した大学病院の産婦人科で相談すると、「痛み止めの注射は授乳に支障がない」と言われ、院内の整形外科を案内された。だが、整形外科医は「何かあったら僕は責任取れないので嫌です」と言い、頑なに注射を拒否された。女性はこの痛みはいつまで続くのか、と涙が止まらなかったという。

 産後は慣れない育児に追われ、自分のことが後回しになりがち。症状が悪化して医療機関に駆け込んでも、自分自身や医師、特に産科や小児科以外の医師が授乳への影響を懸念して治療や投薬を控えることも少なくない。

 産後の不調はさまざまな要因が複合して起きるが、その一つが女性ホルモンの変化だ。日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長の笠井靖代医師は次のように説明する。

「妊娠中は胎盤からたくさん女性ホルモンが作られていましたが、出産で胎盤が体の外に出るとジェットコースターのように急降下し、さまざまな体の不調があらわれます」

■急な断乳で乳腺炎に

 女性ホルモンのうちエストロゲンは全身の臓器に作用し、骨や筋肉、関節や血圧の調整などにも大きな役割を果たしている。その分泌が低下した産後は腱鞘炎を発症するリスクがある。骨密度も低下し、長期間安静にしていた人、高年出産の人などは骨粗しょう症になるリスクがある。産後、腰痛だと思っていたら腰椎の圧迫骨折だったケースもあった。

 育休中や仕事をやめて専業主婦になると自ら予約して赤ちゃんを預けて健康診断やがん検診に行くのは簡単ではなく、何年も受けていないという人もいる。

「30代半ばからは乳がんの罹患率も上がってくる時期。子どもの成長を見届けるためにも、自分の健康管理に目を向けてほしい」(笠井さん)

 授乳中は薬が飲めないと思い込んでいる人も少なくない。

 会社員の女性(36)も子どもが生後4カ月の頃、親知らずを抜歯した。歯科医師から、抗菌薬や鎮痛剤を出すので授乳はやめるよう言われ、急な断乳で乳腺炎になってしまったという。

「授乳中に気をつけなければならない薬は抗がん剤や放射性物質など限られていますが、授乳中は薬を飲めないと誤解している人が医師にも多い」

 と指摘するのは、国立成育医療研究センターの村島温子医師。

「妊娠中、お母さんと赤ちゃんの薬の血中濃度はほぼ同じですが、授乳中は飲んだ薬が母乳に移行し、さらにその母乳を飲んだ赤ちゃんの血中に出る量となると検出されないほどわずか。しかし、日本の薬の添付文書には微量でも母乳に移行すれば授乳中止と記載されています。その結果、安易に母乳を中止させる医師や、授乳を優先し服薬を諦めるお母さんがいるのです」

■ホームページに薬一覧

 薬の服用のために一時的に授乳をやめると、母乳が出なくなるリスクもある。村島さんがセンター長を務める「妊娠と薬情報センター」では、ホームページに授乳中に飲める薬と飲めない薬の一覧を掲載。2017年からは妊娠・授乳中の薬剤使用に関する最新の知見を添付文書に反映するための取り組みも行っている。今後は正しい知識を持って、授乳中の薬の服用相談にのる薬剤師を増やすための研究会を始めるという。

 産後の母親たち自身が正しい知識を持つことも必要だ。

「お母さんの健康状態が良いことは赤ちゃんにとっても大切なこと。ぜひお母さん自身にもホームページを活用し、『ここにはこの薬は大丈夫だと書いてありますよ』と医師に伝えたりしながら授乳と薬の服用を両立できる道を探ってほしい」(村島さん)

(編集部・深澤友紀)

※AERA 2021年3月8日号