突然イライラしたり、不意に涙が出てきたり、生理前は自分が制御不能になる――。月経に伴う身体症状については近年、社会でも認知されるようになったが、生理前に起こる心身の症状については、あまり知られていない。体の変化のほか、緊張感や不安の高まり、注意力の欠如や脱力感などメンタル面の不調を伴うことがあり、医学的には「月経前症候群:PMS(Premenstrual Syndrome )」と呼ぶ。特に心の症状が重い場合を「月経前不快気分障害:PMDD(premenstrual dysphoric disorder)」という。日常生活にも支障をきたすこともあるが、なかなか周囲の理解を得られず、トラブルを一人で抱えがちだ。今回は、漢方でPMSの症状が改善した漢方薬剤師の女性に話を聞いた。


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■ 働くママは家庭内で「タブー」にしない

 東京都内で漢方薬剤師を務める柳沢侑子さん(35歳)は、働くママ。社会人になってから、PMSに悩まされるようになった。現在、子どもは3歳と1歳。手のかかる年頃の2児の子育てと仕事との両立は普段でさえ大変なのに、月経前のPMSをどうやって乗り越えているのだろうか。

「睡眠を十分に摂るために、月経前ではない元気なときに夕飯のストックを作っておいたり、月経前になるとどうしても普段よりイライラしやすくなってしまうので、あらかじめ夫や子どもたちには『イライラしてしまうかもしれないけど、一時的なものだから許してね』と伝えておくことで、お互いにストレスを減らす工夫をしています」

 漢方薬剤の柳沢さんは、月経前中後の不調になりやすい時期でも、漢方・食・生活養生で、自分の体と心にストレスをかけずに一日を過ごせるよう、心がけている。実践で重視しているポイントは二つ。一つ目は、月経期は養生期間ということをしっかりと認識し、家事、育児、仕事でできるだけ無理しないで早く寝て、睡眠を十分に摂ること。二つ目は、月経前であることを家族に知らせることだ。

「私は、普段から月経に関することを隠さず口にして、家庭内でタブー感がないようにしたいと思っています」

 近年、PMS・PMDDなど、月経に関する女性たちの悩みにようやくスポットが当たるようになってきたが、まだまだ月経前に身体的・精神的不調が起こることは、女性でさえ知らない場合もある。

「勤務する薬局で漢方相談を受けていても、『月経に関することは家族にも言えなかった』『我慢しないといけないと思っていた』という声をよく聞きます。同世代の男性はPMS・PMDDへの認知はあるほうだと思うのですが、年齢が上がるほど男性の認知・理解が少ない印象です。『昔から無理をしてきてPMSになり、更年期の症状も夫にわかってもらえず……』などとおっしゃる方もいます」

 柳沢さんは、「誰にも相談できず、体調不良に悩む方の役に立てば」と、「家庭でできる漢方の知恵」をテーマに、2年前にYoutube「やなゆう漢方ちゃんねる」を開設。月経関係の動画には、10代から「母親にも話せず悩んでいた」というメッセージをもらうこともあるという。

「『不調を気軽に打ち明けられる場所がある』『理解してくれる人がいる』ということはとても大事だと思います。ただ、社会にそうした場所をつくることも大切だと思いますが、まずは一番身近である家庭がその場所になることだと思います」。

■   漢方薬剤師としての出発点

 柳沢さんが、月経に伴う不調に気づいたきっかけは、漢方との出会いだった。実は、漢方薬剤師を最初から目指していたわけではなく、新卒で就職したのは外資系の製薬会社。働き出して間もなく、胃腸系の体調不良に悩まされるようになった。頭痛や目の奥の痛みも出始め、いろいろな病院を受診。脳神経外科でMRIを撮るも異常はなく、偏頭痛薬を処方された。

「さまざまな検査を受けましたが、どこも異常なし。それでも自分としてはずっと体調不良に悩んでいました。頑張りたいのに頑張れない。友だちと楽しく遊びたいのに、出かけると疲れてしまい、心から楽しめない……。そんな自分の身体が嫌で健康になりたくて、サプリメントや健康食品、アロマなどの代替医療の勉強をし始め、24歳のころ、漢方(中医学)にたどり着きました」

 漢方を学び始めて初めて、頭痛や過食、肌が荒れやすいのは生理前に多いことに気がついた。そこで「これはPMSなんだ」と自覚。

 漢方薬局にかかり、漢方薬を服用するようになってから、1ヶ月程度で「いいかも」と効果を感じ始める。半年ほど続けると、これまで悩まされてきた胃腸系の不調や慢性疲労、頭痛が軽減。それでも身体が疲れてくるとやはり頭痛が出ていたが、やがて1年経たたないうちに、頭痛もなくなってしまった。

 漢方のおかげで元気になった柳沢さんは、今後の自分や家族、友人たちのために、本格的に漢方の勉強を開始。日本で漢方を学んだ後、中国・北京での研修を経て、25歳で漢方薬剤師としてき始めた。

■   出産前後のPMS対策とは

 柳沢さんは、現在3歳と1歳の子どもを持つお母さんだ。出産前後にPMSの症状は出なかったのだろうか。

「漢方は、産後の養生は今後の体調面で非常に大切だと考えます。実際に出産してみて、産後はものすごく体の変化を感じました。出産前にかなり対策をしておいたので良かったのだと思います」

 漢方の世界では「産後三カ月は養生」といわれている。このため柳沢さんは、この期間に休めるようにと、産前に産後の漢方薬をそろえておき、区の産後支援サービスの申し込みをしておいたほか、産後にあれこれ考えなくていいよう、育児に必要そうなものをピックアップし、すぐに購入できるようにしておいた。

「慣れない育児で消耗しているのに、さらに生理が戻ると、体への負担が本当に大きいなと感じました……」

 漢方では、産後は出産と授乳により、「血」の不足による不調になりやすいと考える。代表的な症状には、精神的に不安定になる、疲れているのに眠れない、物忘れ、頭が働かない、頭痛、めまい、枝毛・抜け毛などがあげられる。

■  イライラには柑橘系や香り野菜を

 普段のPMS対策とはどんなものなのだろうか。漢方薬剤師ならではの経験と知恵を知りたいところ。柳沢さんは、その時々の不調に合わせて漢方薬を飲んだり、食事を変えたりしているという。

「生活面での基本的な対策は、『血(体の中の栄養素)』が不足すると『肝(現代医学の肝臓だけでなく自律神経系も含む)』の働きが悪くなり、PMSを起こしやすくなるので、普段から肉類、ほうれん草、小松菜、黒ごま、黒豆など、血を補う食べ物を摂ること。生理前のイライラ対策としては、柑橘系の食べ物やセロリ・春菊などの香り野菜、ミントなど、『気の巡り』をよくするものを食べること。むくみが気になる時は、黒豆茶など水を出す働きがあるものを取り入れています」

 柳沢さんによると、漢方的には生理前は「気の巡り」が悪くなりやすい時期。「気の巡り」が悪いと、イライラの症状が出ると考えるため、「気の巡り」を良くする柑橘系や香り野菜が良いという。

 また、大豆は胃腸を元気にし、体内の余分な水を抜く力があるが、黒豆はそれに加えて、血(体の中の栄養素)や、腎(生殖機能のみなもと)を補う力がある。生理関連のトラブルがある人は「血」や「腎」の不足タイプが多いので、大豆より黒豆をオススメする。もちろん、お茶だけでなく、そのまま食べてもOKだ。

■   健康によいとは限らない運動や食べ物も

 自分に合った対策をたてるには、自己流ではなく、漢方薬局に相談することが近道だが、漢方に興味はあるものの、処方箋薬局ほど一般的ではないため、漢方薬局にかかることをためらう人もいるだろう。気になる料金や、カウンセリングの内容を柳沢さんに聞いてみた。

「漢方薬局により多少違いはあると思いますが、私が漢方相談を行っている成城漢方たまりでは、初回は1時間程度かけてカウンセリングをし、生理のこと、便のこと、食欲、睡眠時間などさまざまなことをお伺いします。舌や唇、声、話し方、姿勢なども体質を知る手がかりです。料金は、お悩みの症状によりますが、PMSや生理痛などですと1カ月5000円〜2万円程度が目安。漢方薬をすすめするだけでなく、食事、運動、睡眠などライフスタイルに合わせた生活養生をアドバイスしています」

 例えば、月経前に弱りやすい「肝」はストレスに大きく関連しているため、友だちとお喋りするなど、好きなことをして発散することをすすめるという。「気の巡り」は、深呼吸を朝昼夕10回ずつする、好きな香りのアロマオイルをティッシュに1〜2滴垂らして枕元に置いて眠る、ヨガやストレッチをするなど、呼吸を意識した動きで改善することも説明。そして「血」が不足すると「肝」の不調を起こしやすいため、普段から肉類、ほうれん草、小松菜、黒ごま、黒豆など、血を補う食べ物を摂ることをすすめている。

 最後に、PMSとの向き合い方について、アドバイスをもらった。

「自分で『健康に良い』と思って頑張っていることが、漢方的にみると体質にあわないということもあります。例えば、女性に多いエネルギーや血の不足タイプは、ジョギングなどよりもヨガ(ホットではないヨガ)や、ストレッチ、ウォーキングなど、エネルギーを消耗しない運動の方があっています。食べ物においても、『健康に良い』とよく言われるものが自分にあうとは限りません」

 また、柳沢さん自身がそうだったが、健康になりたくて一生懸命やっても良くならないと、逆にそれがストレスになることもあるという。漢方では「中庸」という「何事もほどほどに」という意味の言葉があるそうだ。

「『食事も運動も!』とストイックに頑張りすぎている方は、一度ペースダウンし、『今日はできなかったけど、まぁいいか』という思考に変えて、ゆるく養生してみてもいいかもしれません」

 甘やかし過ぎはもちろん良くないが、「何事もほどほどに」。緩急バランス良く養生することが、健康への近道なのかもしれない。(旦木瑞穂)