毎年冬になると指摘されるのが、風呂場でのヒートショックの危険性だ。だが季節に関係なく、誤った入浴法は、病気や事故のリスクを高める。風呂好きであればこそ知っておきたい、やってはいけないポイントと科学的に安全な入浴法を取材した。



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 お風呂は、高齢者にとって癒やしの時間であると同時に、「家の中で最も危険な場所」でもある。東京都江東区の居宅介護支援事業所に勤務するケアマネジャーの女性(35)は、「入浴中の死亡事故は珍しくない」と話す。

「うちの担当区域だけでも、年間3〜4人ほどの利用者さんが亡くなっています。自宅に訪問しても応答がないので、警察に頼んで中に入ると、浴室で倒れて冷たくなっていたといったケースも何度かありました。心臓発作や脳梗塞で動けなくなり、そのまま低体温症を起こして亡くなる方、浴槽で溺れて亡くなってしまった方もいました」

 事実、浴室で死亡する高齢者は多く、死亡者数はここ10年で2倍近くまで増加している。

 厚生労働省発表の「令和元年人口動態統計」によると、2019年に発生した「浴槽内での溺死及び溺水」による死亡者数は5690人。対して、同年の交通事故死亡者数は4279人。交通事故で亡くなる人よりも、浴室内事故で亡くなる人のほうが1.3倍多いのだ。

 また、浴槽での死亡者数のうち、約93%(5315人)を65歳以上の高齢者が占める。特に冬場は、急な温度差で血圧が上下して重大な病気を引き起こすヒートショックによって急死する高齢者が増えることは、ここ数年メディアでも盛んに報じられてきた。

 しかし注意すべきは、ヒートショックだけではない。20年で3万人以上の入浴を医学的に調査してきた東京都市大学教授で医師の早坂信哉氏は、「季節に関係なく、浴室熱中症や脱水症状などに注意してほしい」と警告する。

「長湯や熱い風呂に入ることで体温が上がりすぎて、夏場の熱中症と同じように、めまいや頭痛、吐き気、ひどいと失神することもあります。また、脱水も危険です。以前、大塚製薬が行った研究調査では、41度で15分間入浴すると800ミリリットルの水分が体から失われるという結果が出ました。脱水症状になると、熱中症と同じような症状が出るだけでなく、血液がドロドロになって心筋梗塞や脳梗塞などが起こりやすくなります」

 こうした浴室熱中症や脱水症状は、それ自体も恐ろしいが、何より危険なのが「浴室で意識を失う」ことだ。以前、早坂氏が実施した2千人以上を対象とした調査によると、浴室で起こりやすい体調不良の3大症状に「意識障害(失神)」が入るという。熱中症や脱水症状が直接の死因にならなくとも、意識を失うことで、冷たい浴室に長時間放置され低体温症を引き起こしたり、浴室のタイルに頭をぶつけて脳挫傷になったり、湯を張った浴槽から起き上がれずに溺死したりといった事故が、じゅうぶんに起こり得るのだ。

 では、こうした不慮の事故を防ぐために何ができるのか。早坂氏は、基本的な予防策として「温度」「時間」「水量」の三つの管理を挙げる。

「高齢になると、皮膚の温度センサーが鈍って熱さを感じにくくなるため、熱いお湯じゃないと肌寒く感じることがあります。しかし多くの研究結果で、42度以上の湯は、血圧や脈拍を速めて体に負担をかけ、熱中症のリスクも上昇することが指摘されています。自分の『ちょうどいい』という感覚ではなく、数値で温度を管理してほしいです」

 また、時間を区切ることも大切だ。全身浴の場合、安全を考えれば「40度で、延べ10分」の入浴が目安になる。

「入浴後、5分ほどで汗が出てくると思うので、いったん浴槽から出てください。通常、体温が0.5度上がると発汗しますが、これは温熱作用がじゅうぶんに得られたというサイン。『汗をたくさんかいたほうがよい』と考える方もいますが、むしろ健康を損ないます。一度休憩をはさんで、汗がひいたらもう一度5分入って体を温めましょう」

 最後に水量について、早坂氏は「健康な人であれば全身浴でも問題ないが、半身浴のほうが体にかかる負担は少ない」と言う。

「肩の上まで湯につかると、水圧で肺が圧迫されるほか、足先から心臓に押し戻される血液量が増加して、心臓に負荷がかかります。心臓や肺の持病がある方は、半身浴のほうがいいでしょう」

 半身浴の場合は、温熱作用を得るために単純に全身浴の2倍の時間がかかると考えてよい。そのため入浴時間は、「40度で、延べ20分」が目安となる。いずれにせよ、科学的根拠に基づき、数値で入浴をコントロールすることが大切だ。

 一方で、入浴の前後に意識したいこともある。

「まずはやはりヒートショック予防のために、脱衣室や浴室を温めておくこと。室温は最低18度、できれば20度以上が理想です。浴室を温めるときは、熱いシャワーを高い位置から2〜3分ほどかけ流しておくだけでも2〜3度は違ってきます」

 また、脱水を防ぐために、入浴前にはコップ1杯ほどの水分を補給したい。水道水でも構わないが、ミネラル入りの麦茶やイオン飲料、牛乳などを飲むと、より水分の吸収率がよく効果的だ。

「それから湯につかる前に、手桶で10杯くらい掛け湯をしてください。コツは、手足などの末端から体の中心に向かって、少しずつお湯をかけていくこと。いきなり熱湯に入ると、血圧が急激に上昇してヒートショックや心筋梗塞などを起こしやすくなるので、体を湯に慣らしてから入るようにしましょう」

 お風呂から出るときは、転倒に注意だ。

「湯で体が温まると血管が広がるため、通常時よりも10〜20くらい血圧が下がります。その状態で急に立ち上がると、頭に血が回らずひどい立ちくらみが起こる危険性がある。浴槽から立ち上がるときは、手すりや浴槽のへりにつかまって、ゆっくり立ち上がるようにしてください」

 めまいや失神を防ぐためには、立ち上がる前に顔や手を冷やすのも効果的だ。早坂氏によると、冷水を含ませてしぼったタオルで顔を拭いたり、冷たい壁に両手を1分ほどつけたりするだけでも、交感神経が刺激されて血圧が上がる。万一、転倒した場合に備えて、床にはクッションマットを敷いておくと、より安全だ。

「もし立ちくらみを感じたら、すぐに頭を下げて。血液の流れが元に戻り、意識を失わずに済みます」

 どれも習慣化することで、安心して日々の疲れを癒やしたい。(ライター・澤田憲)

※週刊朝日  2021年4月16日号