わが家の一日は、こんなふうに始まります。

「Okay guys! It’s time to go to ようちえん and ほいくえん〜! Did you get すいとう?  Not yet? Go get it!」

 いわゆる、日本語と英語のちゃんぽんです。本当は、「さあ、幼稚園と保育園に行く時間だよ〜! 水筒持った? まだ? 取ってきなさい!」と全部日本語、あるいは全部英語に統一して話さなければいけません。バイリンガル育児の指南書を読むと、ほとんどの本に「二言語を混ぜて話してはならない」と書いてあります。混ぜて話すと子どもが楽な言語の方ばかり使って二言語がバランスよく伸びない、両方を適当に混ぜて使うように育ってしまうといった悪影響があるからだそうです。



 しかし5歳の娘と2歳の息子を育てるわが家では、今のところ冒頭のようなミックス話法をとっています。これでも、上の子が2歳くらいまでは多くの指南書が示す通りに日本語・英語を厳密に分けていました。「両親のうちひとりは日本語だけ、もうひとりは英語だけを使う」と区別する「One Parent One Language(略してOPOL、または1P1L)」メソッドを基本に、「友だちと遊ぶときは英語、それ以外は日本語」「家では日本語、外では英語」と時間・場所を分ける「Time and Place(T&P)」メソッドを織り交ぜながら、がんばっていたのです。

 でもこの言語の使い分けを徹底しようと思うと、問題がたくさん発生します。まず、家族全員での会話はどうするのか問題。わが家の場合、わたしの夫はアメリカ人で日本語はあまり話せませんから、夫婦の共通言語は英語です。でも、「母親は必ず日本語」「家では必ず日本語」を徹底しようと思うと、子どもの前での会話は妻が日本語・夫は英語という不自然なことになってしまいます。

 それから、訳語が見つからない問題。ことばは必ずしも「りんご⇔apple」のように、二言語で対になっているものばかりではありません。たとえば冒頭の例に出した、幼稚園と保育園。和英辞典を引くと、「幼稚園はkindergarten」「保育園はnursery school」と表記しているものが多いですよね。しかし、ことアメリカに限ってはkindergartenは「新学期開始日(多くの州では9月1日)の時点で5歳になっている子が、小学校入学準備のために1年間通う教育施設」を意味し、日本語の「幼稚園」とは異なります。

 わが家は昨年2020年末までアメリカに5年ほど住んでいましたが、nursery schoolは、少なくともわたしたちが住んでいる地域では一般的な言い方ではありませんでした。kindergartenに入るまでに通う施設は主にpreschoolと呼ばれていましたが、preschoolといっても0歳児から通える託児所的な場から、満3歳児から通ってきっちりお勉強をする教育的な場までさまざまで、単純に「保育園はpreschool」と訳すのも無理があるなと感じます。

 もうひとつ例に挙げた「水筒」もそうです。普通の辞書には「水筒はwater bottle」とあるし、大半の人はそう訳すでしょう。でも子ども用の水筒を比べると、アメリカのものと日本のものはちょっと異なります。アメリカの子ども用水筒は透明のプラスチック、もしくはステンレス製。飲み口はストローか直接飲むタイプが主で、特にカバーなどはついていません。対して日本の子ども用水筒はステンレス製が多く、首からかける紐とカバーがついています。飲み口はさまざまですが、コップがついているタイプも多いですよね。「水筒」と聞いて思い浮かべるものがアメリカと日本では違うので、単に「水筒はwater bottle」としてしまっていいのか戸惑うのです。日本的なお弁当箱が英語でも「bento box」と呼ばれているように、「suito bottle」なんて言葉が生まれる日も近いんじゃないか……なんて思ってしまいます。

 そんなこんなで、なかなか徹底するのが難しい言語の使い分け。いろいろ疑問を感じながらバイリンガル育児を進めていたとき、事件は起きました。

 事件といっても周りの目から見ればささいな出来事ですが、メソッド通りにしなければ!と固くなっていた母親としては衝撃でした。それは上の子が2歳をちょっと過ぎたころ、子ども部屋で起きました。子ども用の本棚はわざわざ同じ大きさのものをふたつ用意し、ひとつには日本語の絵本、もうひとつには英語の絵本をしまっていました。OPOLメソッドに従い、日本語の本は母が、英語は父が読み聞かせるのがルール。日本語の本が読みたいとき・母に読んでほしいときは日本語の、英語の本が読みたいとき・父に読んでほしいときは英語の棚から子ども自身で取り出せるよう、きっちり分類しておいたのです。

 その二種類の本棚を、上の子はぐちゃぐちゃに混ぜてしまいました。わたしが分類しなおしても、また同じことが起きました。子どもにとっては、絵本は言語で分けるものではなかったのです。「パンの本が読みたいときはこれ、お姫様の本が読みたいときはこれ」などと本の内容で選んでおり、それが日本語で書かれているか英語かはまったく関係ありませんでした。

 それ以来、二言語を厳密に分ける必要はないんじゃないかと考えるようになりました。上の子も、「今は英語で話したい」「幼稚園で起きたことは日本語で説明したい」と気分やシチュエーションで使い分けているようです。単語も、前述したように英訳・和訳が難しいものは日本語・英語のまま使い、結果として二言語のミックスになっています。

 わがやのやり方が適切かどうかはわかりません。わたしは言語学の専門家ではありませんし(大学の専攻は英語学だったけど、かなりの落第生だったし…)、子どもたちも5歳・2歳と幼く、まだ言語形成期のごく初期です。ただ、そんなわが家の現在進行形な実践例を少しでもお伝えできればと思い、これから隔週で記していくつもりです。お付き合いの程、よろしくお願いします。

〇大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi