藤井聡太が第92期棋聖戦五番勝負で初防衛を狙う。相手は昨年の雪辱を目指す渡辺明だ。「国民的スーパースター」と「現役最強の棋士」。将棋界の未来を背負う二人が激突する。AERA 2021年6月7日号で、この世紀の一戦を取り上げた。



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 棋聖位初防衛を目指すのは、史上最年少17歳でタイトルを獲得した異次元の天才・藤井聡太(18)。そこに挑戦者として名乗りをあげたのは、現代将棋界の第一人者・渡辺明(37)。このマッチアップで、将棋ファンが沸かぬはずがない。

 長い将棋史上でも特筆されるであろう、世紀のタイトルマッチが6月6日、いよいよ始まる。

 現在の将棋界の序列上位は渡辺三冠=名人、棋王、王将=、豊島将之二冠(31)=竜王、叡王=、藤井二冠=王位、棋聖=、永瀬拓矢王座(28)。この4者が「4強」と呼ばれている。渡辺と藤井の決戦は、時代のトップクラスによる頂上対決と呼んでよさそうだ。

 豊島は藤井のことを「国民的なスーパースター」と評した。競争相手から素直にそうたたえられるほど、世間の目には藤井の存在感は突出している。

 現代は史上空前の将棋ブームと言われる。一番の要因は、若く涼やかで知的なヒーロー、藤井の登場にある。もしかしたら多くの人々は、藤井の防衛劇を望んでいるのかもしれない。

■自分の役割は藤井の壁

 渡辺は徹底した合理主義者だ。情実を排した上で、自らの立場を客観視できる目を持つ。渡辺は藤井応援の声が多いことも十分に承知している。

「藤井君がこんなに注目される中、対戦相手も強くないと盛り上がらない。藤井君の壁になれるかはわからないけど、そこは自分が期待されている役割でしょうし、その一番手という意識はあります。藤井君が全部大楽勝だと、面白くもなんともない。世の中の人がいま求めているのは、藤井君が強い相手にスレスレで逆転勝ちしたりするところでしょう」

 4月に本誌で連載したインタビュー記事で、渡辺はそう答えている。このあたりが渡辺の強さの一つとも言えそうだ。

「次のタイトル戦で当たったらどうなるか。そこで距離感を測りたい」

 渡辺は藤井とのタイトル戦についてそう答えていた。その機会が早くもやってきたわけだ。

 藤井が昨年挑戦し、棋聖位を奪取した相手は他でもない。今年、立場を入れ替えて挑戦者の名乗りをあげた渡辺だ。渡辺にとって今シリーズは「リターンマッチ」となる。

 渡辺は挑戦者を決めるトーナメントを勝ち抜き、ごく当たり前のように再戦の舞台へと登場してきた。それはもちろん容易なことではない。偉大な棋士である大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人(73)、そして羽生善治九段(50)=十九世名人資格者=らもときには、ライバルや若手にタイトルを譲ることはあった。しかし、すぐにリターンマッチを実現させ、タイトルを奪い返し、傑出した技量を見せつけてきた。渡辺はこれら3者に続くタイトル獲得数を誇る。そうした意味では、渡辺は最強の挑戦者といえそうだ。

 もし渡辺が藤井から棋聖位を奪い返せば、自身初の四冠同時保持となる。藤井に多くの記録がかかっているのと同様に、渡辺にとってもまた大きなものがかかっている。(ライター・松本博文)

※AERA 2021年6月7日号より抜粋