老後資金「2千万円問題」以降、老後のお金に不安を抱える人は多い。医療費アップも不安だ。AERA 2021年7月5日号は、専門家に老後資金のリアルを聞いた。

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「年金だけでは暮らせないと思う。夫は七つ年上で退職が早いので、私ががんばるしかない」(40代女性)。「老後にいくら必要なのか把握していない点では不安」(30代男性)。「資産を取り崩しながら年金不足分を生活費にあてるのがメンタル的に持つか」(40代男性)。「コロナ禍で突然の退職勧奨となり、老後資金作りの計画が狂ってしまった」(50代女性)。

 これらは、本誌が6月4〜14日にインターネットを通じて行った「年金・資産運用アンケート」(回答者176人)に寄せられた生の声だ。「老後のお金に不安がありますか?」という問いに対しては、67%が「ある」と回答していた。

■高齢者家計赤字の実態

 金銭面で老後に不安を抱く人が多いのは、2019年に「老後資金2千万円問題」が話題となったことも影響しているだろう。同年6月、金融庁は「高齢社会における資産形成・管理」という報告書を公表。「公的年金だけでは老後資金が約2千万円不足する」と解釈できる記述があり、大騒ぎになった。

 金融庁が根拠としたのは総務省統計局の「家計調査年報」2017年版だ。「高齢夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)無職世帯の家計収支」において約5万5千円の赤字が毎月発生していたことから「5万5千円×12カ月×30年=約2千万円」と試算した。

 後日、金融庁はこの報告書を撤回したが、高齢夫婦無職世帯における赤字家計は今も続いているのだろうか。

 18年版の「家計調査年報」を見ると、公的年金の受給額が1万円以上増えたので、毎月の赤字額は4万2千円弱に縮小。19年版では公的年金の受給額がさらに前年比で約1万3千円のプラスとなり、赤字額は約3万3千円に減った。

 なぜ年金の受給額が上がっているのか。この謎について、ニッセイ基礎研究所主任研究員の井上智紀さんが解説する。

「“夫65歳以上・妻60歳以上”といっても、妻の年齢により収入は異なります。高齢化に伴い、夫が65歳以上の世帯でも“妻が60代前半で年金を受け取っていない世帯”より“妻も65歳以上で年金を受け取っている世帯”が増えると平均年金収入は上がります」

 では20年版の収支はどうか。結論からいうと、マイナス1541円! かなりの赤字縮小である。この理由は?

「主因はコロナ禍だった、ということです。外食、旅行などのレジャーが自粛され、支出は減っています。昨年は高齢者も含めた全国民に10万円の特別定額給付金が支給されました。支出面では消費抑制、収入面で特別定額給付金。これにより赤字が1541円まで縮小したのです」

■最低生活費は1千万円

 20年版の家計調査報告は、ある意味“異常値”というわけだ。強いて実態に近い結果の調査を挙げるなら、19年版だと井上さんは言う。

「総務省統計局が5年ごとに実施する『全国消費実態調査(2014年版)』に目を転じても、65歳以上の無職世帯の月々の収支は3万4099円の赤字。家計調査年報の19年版と似ています。その約3.4万円を単純計算すると30年で約1200万円の不足ですが、年齢を重ねると行動が狭まりがちなので、さらに支出は減るはず」

 井上さんが年齢別の家計収支をさらに検証したところ、やはり85歳以上で毎月9300円の黒字に転じていた。こうした年齢別の収支差を踏まえて計算し直すと、30年分の不足額は約1千万円程度にとどまる。

 2千万円じゃなくて1千万円で足りるのか、と安心するのはまだ早い。あくまでこの金額は“必要最低限の生活を健康な状態で”送るためのお金だ。高齢になると病気や要介護状態に陥るリスクも高くなる。

 22年度後半からは、年収200万円以上の後期高齢者(75歳以上)が医療機関で支払う自己負担額が現行の1割から2割に引き上げられ、今まで以上に医療費の負担も増す。こうした実情を踏まえると、やはり2千万円程度は蓄えたい。(金融ジャーナリスト・大西洋平、編集部・中島晶子)

※AERA 2021年7月5日号より抜粋