400メートルに続き200メートル個人メドレーでも金メダルに輝き、競泳女子史上初の2冠となった競泳・大橋悠依選手。



 子どもの頃は病弱で、東洋大進学後は「体が重い」タイムが伸びず、日本選手権は予選で40人中最下位。体調不良の原因が分からないまま、競技を辞めることも考えた大学2年生の帰省中に地元の病院でたまたま血液検査し、極度の貧血と判明したという。

 AERAdot.連載コラム「医見手帖」でおなじみの山本佳奈医師に、女性に多い原因不明の体調不良の克服法を教えてもらった。

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 卓球、柔道、水泳、サーフィン、スケートボードなど日本人選手のメダルラッシュが続いている東京オリンピック。一年延期になり、開催されるかどうか分からない中で、オリンピックの舞台で闘うために努力を重ねてこられた選手の皆様の勇姿に、感動をもらう毎日です。
 
 さて、女子400メートル個人メドレーに続き、女子200メートル個人メドレーも金メダルを獲得した、競泳の大橋悠依選手。実は、体が重く、タイムも伸びず、競泳を辞めることすら考えた大学2年生の秋に「重度の貧血」であることが判明しました。それから時間をかけて貧血を克服し、大学4年生の時に日本新記録を樹立、今回の五輪での金メダルの獲得に至ったと言います。

 大橋選手も悩まされた「貧血」ですが、貧血とは、鉄の不足によって全身の隅々まで酸素を運ぶことができなくなっている状態です。言い換えると、酸素が足りない酸欠状態で、必死にトレーニングや運動をしている状態なのです。

 アスリートはもちろん、スポーツをする人は、男女を問わず貧血になりやすいことが指摘されています。内科外来でも、陸上やバスケットボール、サッカーなどの部活動をやっている中高生や趣味でマラソンをやっている成人の「貧血」をよくみかけます。タイムが伸びない、成績が上がらない、身体が動かない、集中できない、などいろんな症状を訴えて受診されます。定期的に採血を行い、必要な鉄の量や練習量の調整を行いながら、貧血予防を行っています。

 スポーツによる貧血を「スポーツ貧血」とも言います。主な原因は「鉄の欠乏」です。 スウェーデンのLandahl氏らの報告によると、代表チームに召喚された28人の女性サッカー選手のうち、57%がFIFA女子ワールドカップの6カ月前に鉄欠乏症であり、29%が鉄欠乏性の貧血であったといいます。アスリートにとって、スポーツ貧血は内科疾患として最たるものだと言っても過言ではないのです。

 では、なぜスポーツをすると貧血になりやすくなるのでしょうか?

 1つ目の理由として、スポーツをする人は筋肉量が多いことが挙げられます。筋肉は、多くの酸素を消費します。その酸素が必要となる時まで貯蔵しておくのが、筋肉細胞に存在するミオグロビンと呼ばれるタンパク質です。どちらも主成分は鉄です。一般人に比べてスポーツをする人は筋肉量が多いため、より多くの鉄が必要となり鉄不足に陥りやすくなるのです。

 2つ目の理由は発汗です。激しい運動をすると、急激に大量の汗をかきます。エクリン腺と呼ばれる汗腺から出てくる汗には、鉄をはじめ多くのミネラルが含まれています。このエクリン腺には、汗として分泌されるまでにミネラルを再吸収する機構が備わっておりミネラルを体外に出さないように調整しています。しかし、急激に激しい運動をすると、汗の再吸収機構は追いつかず、鉄をはじめミネラルが体外へと失われてしまうのです。

 3つ目の理由は、運動の衝撃により赤血球が破壊されてしまうことが挙げられます。この現象は「溶血」といい、特に、剣道やバスケットボール、マラソンや長距離走といったスポーツで起こりやすく、この貧血を「運動性溶血性貧血」とも言います。

 4つ目の原因として、消化管からの微小な出血が挙げられます。マラソンや長距離走など、耐久性を必要とする競技で多く見られます。運動をすると、筋肉や皮膚への血流が増えます。一方で、消化管への血流は減ってしまい、消化管の上皮細胞は酸素や必要な代謝基質を受け取ることができず、粘膜の出血や壊死が生じ、貧血が引き起こされてしまうのです。

 この現象について、米国のStewart氏らによる報告を紹介します。10〜42.2 kmのマラソンを走った24人のランナーの試合後の便を調べたところ、なんと、便1 g中に最大で3.96 mgものヘモグロビンが含まれていたことがわかりました。1回の便の排泄量は、約150〜200 g程度なので、1レースで最大0.8 gものヘモグロビンが失われてしまうことになります。体重60 kgの男性の場合、体内に存在するヘモグロビンは650〜800 g、体重40 kgの女性の場合、350〜460 g程度になります。マラソンや長距離競技で容易に貧血になるもの、納得できるのではないでしょうか。

 これらに加えて、五つ目の原因として、トレーニングや激しい運動が、体内の鉄輸送や吸収を抑制させるヘプシジンというホルモンを増加させてしまい、貧血を引き起こすことも近年指摘されています。これは、鉄をいくら補充しても、鉄の吸収ができないことを意味します。

 女性の場合、月経による血液の喪失のために、一般的に女性は男性よりも貧血になりやすいのですが、それにスポーツが加われば、必要とする鉄の量はさらに増え、貧血に陥りやすくなってしまうというわけなのです。

 さらに、私たちの研究グループが13〜22歳の運動部に所蔵する男女を対象に行なった調査で、鉄欠乏だけでなく、オーバートレーニングも貧血のリスクになりうることもわかりました。

 スポーツ貧血を予防するには、鉄を日頃から意識して摂取することと、過度なトレーニング量にならないように、トレーニング量の調整も大切です。運動をしている人が、プロテインを摂取している光景はよく見かけますが、鉄の摂取を意識している人は、まだまだ少ないように感じます。鉄を多く含む赤身の肉や魚を日々意識して取ることが、貧血予防に繋がります。

 今回の五輪をきっかけに、スポーツを始めよう、再開しようという方は、ぜひスポーツ貧血の対策も行ってくださいね。

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