27年にわたり中学受験指導を行っているベテラン塾講師・矢野耕平さんが、実際にかかわった受験生の実例や、自身で足を運んで取材した私立中高の様子をもとに、中学受験や学校選びのヒントをつづります。受験するなら知っておきたい、私立中学と中学受験の「リアル」とは――。

*  *  *

■「ギリギリ合格」の子が中学では成績上位に

 先日、とある男子進学校に通う中学生Aくんの母親が1学期の成績報告を兼ねて、わたしの塾を来訪してくれた。その彼の通う学校は首都圏最難関レベルと形容できる一流の進学校であり、学力的に学年の上から3分の1の位置にいれば、東京大学合格は間違いないと言われているところだ。

 その母親はこう切り出した。

「1学期の成績結果が出たあとに、同級生のお母さんたちと話す機会があったのです。そこで判明したんですが、中学受験時に親が徹底してわが子の学習管理をしていたところほど、成績的に苦しんでいるみたいですね」

 そして、母親が成績表を見せてくれた。1学年200人以上在籍しているのだが、Aくんの総合順位は1ケタという良好な結果。わたしはびっくりしてしまった。中学入試の得点結果は開示されないので確かなことは言えないが、Aくんはこの学校におそらくギリギリで合格できたのだろうと思っていたからだ。

 そんなわたしの驚きの表情を見た母親はほほえんで、こんなふうに言葉を継いだ。

「矢野先生が知っている通り、わたしは息子の中学受験勉強には一切タッチしませんでした。そう周囲に言うと驚かれるのですが……。振り返れば、息子は毎日塾の自習室にこもって、分からない問題があればその場で解決しようとしていましたね。その経験がいま生かされているように感じています。わたしのような『意識の低い』親だったからこそ、いま本人はのびのびと学びを楽しめているのかもしれない」

 そんな母親の冗談交じりの話を耳にしながら、わたしは拙著『令和の中学受験 保護者のための参考書』(講談社+α新書)に書いたことをふと思い出した。その部分を引用してみよう。

<神奈川県の有名男子進学校で教鞭を執る友人と食事をしていたとき、彼からこんな問いかけがありました。

「ウチの学校は偏差値70を超えるだけあって、入学当初の生徒たちは本当に優秀だよ。あの入試問題で合格点を上回ったのだから。でもね、毎年のことだけれど、中学校1年生の夏休み明けには、学力が『伸びる子』と『落ちる子』に二極分化する。どうしてそうなるのか? 両者の違いって分かる? ヒントは小学生のときの学習姿勢……いや、学習環境といってよいかもしれない」

(中略)

 彼が言いたいのはこういうことです。

 保護者が子のスケジュール管理のみならず、教材の整理整頓、取り組んだ課題の丸つけや、ときには子に寄り添って解説してやる……。そんなふうに中学受験を「二人三脚」で乗り切ったようなご家庭の子は、中学入学後に学力が低迷するというのです。

 一方、親がわが子の中学受験勉強から適度な距離を保ち、子どもが自ら学習にコツコツ励んでいる……そういうご家庭の子は中学入学以降にさらに学力を高めていくらしいのです。>

■教育の目的は「自立」にある

 使い古された言い回しではあるが、「親」の役割とはその漢字の字形から「木の上に立ってわが子を見守る」ことと言われている。また、漢文学者の白川静氏が編纂した『字通』によると、「親」とは「新しい位牌を拝する」形であるという。自分の父母が亡くなった際に、そのありがたみを身に染みて感じられる瞬間を切り取って、この漢字が生まれたのかもしれない。

 上記2点の事柄が示唆しているものは何だろうか。

 わが子より長生きしたいと願う親はまずいないだろう。子より先に親がこの世から立ち去るのが常である。

 親はなぜわが子を「教育」しようとするのだろうか。わたしはこう考える。いまわの際で「わが子は立派になったし、もう自分がそばにいなくても大丈夫だろう」と思えるようにするためではないか、と。こう考えると、「親」という漢字に含まれた二つの意味がすっと入ってくる。

 これは別に親に限った話ではない。たとえば、会社で上司が部下を「教育」するのは、上司が無意識的に「自分がこの会社を去っても、部下がしっかりやってくれるだろう」という期待を抱きたいがためではないか。

 そう考えると、わが子の「成長」とは結局は「自立」を指し示していることが理解できるだろう。

 中学受験に話を戻そう。

 中学受験勉強に取り組むわが子を目の前にして、日々途方に暮れている親も多いだろう。

「家に帰って『勉強しなさい!』と大声で叱責されるまでわが子は何もしようとしない」

「ウチの子はあまりにも幼稚なので、受験勉強に付き添いたくはないのだけれど、仕方なく面倒を見ているのです」

「本当にだらしのない子で、親が学習管理をしたり、教材・プリント類を整理してやったりしないと、机の上がぐちゃぐちゃになって何を学ぶべきか分からなくなってしまう」

 こういう悩みを抱えている親にとって、わたしの申し上げることはただの「理想論」にしか聞こえないのだろう。

 確かに子どもの成熟度は千差万別であり、何が何でも「自立」させられるように親がわが子をいますぐにでも突き放せというつもりは全くない。

 ただ、親は「わが子の教育の目的は自立にある」という価値観を心の片隅に常に置いてほしい。それだけで、わが子の日々の学習への接し方、進路の考え方、塾の活用法などに多少なりとも変化が生まれるのではないか。

 中学受験で第1志望校に合格できるか否か。親がこの点を気にするのは当たり前である。

 しかしながら、中学入学後にわが子がいかに「自立」していけるのか。こういう観点のほうが第1志望校合格よりもよっぽど大切なことだとわたしは確信している。

(矢野耕平)