住み慣れた家で最期を迎えたい──。だけど在宅療養はお金がかかるに違いない。そう考えている人は少なくないだろう。だが、入院するより安く済む場合が多いという。在宅死した人が実際にかかった1カ月の費用を調べてみると、驚くべき事実がわかった。

*  *  *

「在宅療養は、お金がかかる富裕層の医療というイメージでした。入院よりずっと高い費用がかかると思っていたのです」

 こう話すのは昨年、78歳の母を亡くしたA子さん。胃がんを患い、要介護2の状態だったA子さんの母は、がんの発覚後、しばらくして体調の異変から入院。その時点で医師から「余命は、もって半年だろう」と告げられた。それまで大きな病気をしなかったこともあり、不安や異変を感じたら、すぐに看護師を呼べる病院は何かと安心だった。だが余命宣告を受け、「残された時間を、このまま病院で過ごすのは嫌だ」と心を決め、症状が落ち着いたタイミングで自宅に戻り、近くに住むA子さん家族が見守る形で、在宅療養に切り替えた。

 <表1>は、A子さんの母が亡くなる前の最後の1カ月でかかった費用だ。約4カ月ほどだった在宅療養期間だが、費用は最後の1カ月が一番高く、それまでの3カ月間の自己負担額は、ひと月約3万〜4万円前後だったという。

「病院に入院していたときは、部屋の差額代に加え、食事やパジャマ・タオル代などで、1カ月で20万円強かかりました。これに加えて医療費が5万7600円かかり、1カ月の負担額は26万〜27万円ほど。母が『家に帰りたい』と言ったときには、もっとお金がかかるのではと心配もよぎりましたが、在宅療養がこんなに安いとは驚きでした」

 在宅療養というと、高額な費用がかかると思われがちだが、保険が適用されることから、実際には入院より安く済む場合が多い。何にどれだけお金がかかり、入院と比べてどの程度安くなるのか。基本的な仕組みや保険とあわせて解説しよう。かかる費用は大きく分けて「医療」と「介護」のふたつ。まずは「医療」から見ていきたい。

 在宅療養のベースとなるのは、医師による訪問診療と、看護師による訪問看護だ。訪問診療では、往診時の対応、処置、指導、薬代などの費用がかかり、医療費や薬代は、通院時や入院時と同じように、医療保険が適用される。負担の割合は、75歳以上は1割、70〜74歳は2割、70歳未満は3割。ただし70歳以上でも、現役並みの所得者は3割負担になる。

 ひと月の負担額が一定額を超えた場合は、高額療養費制度を使うことができ、70歳以上(年収156万〜約370万円)の入院の場合なら5万7600円を超えたとき、外来であれば1万8千円を超えると、それ以上支払う必要がない。在宅で訪問診療を受ける場合は「外来扱い」となり、たとえ医療費が高額になったとしても、自己負担額が1万8千円を超えることはない。入院と比べると、この時点でひと月に約4万円も安くなることがわかる。

 70歳未満であっても、事前に役所などで「限度額適用認定証」を取得し、治療を受ける病院や診療所に提出すれば、高額療養費制度を受けることができる。未提出の場合には、医療費全額を支払い、数カ月後に払い戻しを受ける形になる。70歳以上の住民税非課税世帯であれば、「限度額適用・標準負担額減額認定証」を取得し、医療機関の窓口で提示すると、自己負担額を8千円に抑えることができる。

 在宅療養は、食事代や病衣のレンタル等も含め、毎日同じ費用がかかる入院に比べて、医師や看護師が訪問する回数によって費用が異なるのが大きな違いだ。入院は医療費に看護料金が含まれるが、在宅療養では、訪問診療費と訪問看護費とに分かれる。つまり、症状が安定している間は費用は大きくかからず、終末期になり、医師や看護師の訪問が増えると、費用も増えることになる。訪問看護の料金は、医療保険と介護保険で料金が変わるが、厚生労働省によって全国一律に決められており、夜間や早朝、緊急時などは追加料金が加算される仕組みだ。

 具体的にかかる費用は、利用している医療機関や住んでいる地域、症状によっても異なるが、例えば70歳以上の高齢者で、医療保険の自己負担が1割の場合、月2回の24時間対応の訪問診療でも、月に約6500円程度。病状により往診回数や採血検査料、在宅酸素などの使用料がそれに加わるが、高額療養費制度によって、自己負担額が月に1万8千円を超えることはない。神奈川県で在宅医療を推進し、これまで千人を超える患者の最期を看取ってきた千場純医師(三輪医院院長)は言う。

「実際は医療費に加えて介護保険の負担分がありますが、要介護3〜5の区分での介護費用とあわせても月額は4万〜5万円にとどまる場合が多い」

 一般的に、亡くなる前の数カ月は、往診の回数も増えることから医療費が高くなりやすい。<表2>は、下咽頭がん末期で要介護2、余命3カ月の76歳男性(医療保険1割負担)のひと月当たりの医療・介護にかかった金額だ。A子さんの母の余命1カ月の場合の金額と比べると、症状は違うものの、末期がんの進行具合によって、サービスや金額が変わってくることがわかる。

「看取りの場合、最後の数カ月の総額は30万円程度が目安ですが、これも高額療養費制度の対象になります。在宅療養というと高額なイメージを持たれる方が多いのですが、通常は病院で看取るより費用がかからないのです」

 ここで入院した場合の費用を見てみよう。70歳以上の高齢者で医療費1割負担の人が入院した場合、高額療養費制度によって、医療費上限額は5万7600円と決められている。だが同制度は差額ベッド代や食費、オムツ代や入院着レンタル代などの備品代は適用外となり、これが結構な費用になる。冒頭のA子さんの母の場合も、こうした保険適用外の金額で、ひと月20万円強の費用がかかった。特に大きかったのが、差額ベッド代だ。

 差額ベッド代は、2人部屋や個室などを希望する場合、一般病棟との差額として発生する費用を指す。だが病院によっては3人部屋や4人部屋でも実費がかかる場合があり、無料の部屋が空いていない場合には差額ベッド代のかかる部屋に入院せざるを得ない。

 厚生労働省の調査(2020年、第466回中央社会保険医療協議会、主な選定療養に係る報告状況)によれば、1日あたりの平均的な差額ベッド代は、1人の個室で8018円、2人部屋で3044円、3人部屋で2812円、4人部屋で2562円。ただし病院によって金額は異なり、中には個室が約3万円、2人部屋であっても1万円を超すところもある。

 これに加え、入院時は、食べても食べなくても1日3回分の食事代がかかり、病衣やオムツなどが指定されていると、その金額も自己負担になる。

 その点、在宅療養であれば、食事は好きなものを少量食べたり、寝具やオムツも好みで選べるなど自由度が高いのも魅力だ。節約しようと思えば、個々の状況に合わせて工夫することもできる。

 一方で、一人での通院が難しくなってきているのに、なかなか在宅療養に切り替えず、外来で何とか頑張ろうとする人もいる。だが通院で意外と負担になるのが、家族が付き添って病院に行けない場合に、ヘルパーなどに頼む実費だ。通院のためにタクシーを利用すれば、交通費も結構な額になる。これまで800人を超える患者を在宅で看取った在宅医療専門医・中村明澄医師(向日葵クリニック院長)は言う。

「これに加えて付き添う人の時間や労力負担、病院で待たされる時間など、通院の際にかかる経済的・時間的コストと比較すれば、在宅療養でかかる費用も高くはないはず。医療保険では高額療養費制度、介護保険では高額介護サービス費の制度があり、収入に応じて自己負担額の減額がされるため、『貯金なんてほとんどない』というおひとりさまでも、制度を使えば在宅死は可能です」

 次に「介護」の費用を見てみよう。自宅での療養においては、介護保険サービスを利用することが大きな支えになる。訪問看護や訪問介護、訪問入浴など、さまざまなサービスを介護保険で受けることができる。介護保険は、収入に応じて1〜3割の負担額があり、介護度ごとに支給限度額が定められている。その範囲内であれば、決められた自己負担割合で介護保険サービスを利用することができる。支給限度額を超える介護保険サービスを受けた場合には、医療保険と同じように、後で払い戻してくれる高額介護サービス費という制度もあるため、申請すればお金が戻ってくる。

 医療保険以上に、介護保険に頼る割合が高い人のケースを見てみよう。<表3>は、認知症の82歳女性、要介護4、医療保険1割負担でひと月当たりにかかった費用だ。認知症が進行し、一人で通院できなくなったことから、在宅療養に切り替えた。一人暮らしであったため、医師からグループホームへの入所を勧められたが、「絶対に家から出たくない」と頑なに拒否。幸い近所との関係が良好で、周囲に気にかけてくれる人が複数いたこともあり、近くに住む姪も定期的に通う形で在宅療養を始めた。

 そのうち症状はさらに進行し、ほとんど寝たきりの状態に。特に症状が心配な間は、24時間巡回型のヘルパーをお願いした。女性が息を引き取ったのを確認したのは、深夜に訪れたヘルパーだったという。

 女性は要介護4で、生活全般のことをヘルパーに頼ることが多く、ヘルパー料金が高額になっていたが、介護保険が1割負担であったため、医療・介護を合わせたひと月の自己負担額は3万円台に収まっていた。

「在宅療養や在宅介護の費用をうまく抑えて効率化するには、社会保障をいかに上手に利用するかがポイントになります」

 こう話すのは、介護サービスや老後資金のノウハウに詳しいファイナンシャルプランナーの柳澤美由紀さん。柳澤さんは、介護費用を抑えるためのコツとして、「何が足りていないかを明確にすること」を強調する。例えば、家族が夜まで不在のため、その間のサービスを頼みたいなら、それが可能な事業者や施設を探す。そして該当する事業者や施設に属するケアマネジャーに介護プランを考えてもらうという手順だ。足りない部分を明確にしないままケアマネジャーを決めてしまうと、その人が所属している事業者のサービスを中心にプランを組まれることがあり、本当に必要なサービスを受けられないこともある。

「何が足りないのかを明確にするためには、まず一日の流れを時間軸で書き出してみて、どの時間帯にどんなサポートが必要なのかを可視化すること。足りていない部分がどこなのかを明確にすると、余計なサービスを頼まなくてよいし、具体的な相談がしやすい」(柳澤さん)

 さらに柳澤さんが勧めるのが、身体障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳の取得だ。介護認定を受けている高齢者でも、身体的な不自由や認知症などの脳の障害も含め、所定の障害を抱えていれば、障害者認定を受け、障害者手帳を発行してもらうことが可能だという。障害者手帳があれば、住んでいる自治体によって地域差があるものの、各種税金での軽減措置や公共料金等の割引、医療費や介護費の助成、福祉タクシー利用券の交付など、生活全般においてたくさんのメリットがある。

 さらに、「来たる在宅療養の日のために、住環境を整えておこう」と、定年退職などを機に将来の介護に備えたリフォームを考えている人は要注意だ。なぜなら、いざ介護が必要になるときにならないと、どんなリフォームが必要なのかが正確にはわからないからだ。

「介護保険の対象になってからのリフォームであれば、介護保険で1〜3割の負担に抑えられるので、必要になってから行動に移して」(同)

 多額の費用をかけずとも、在宅療養は実現できる。人生の終末期、お金をかけない選択肢として、在宅療養を考えてみてもよいかもしれない。(フリーランス記者・松岡かすみ)

※週刊朝日  2021年10月22日号