北京冬季五輪のスキージャンプのノーマルヒルで見事に金メダルを獲得した小林陵侑選手。実は大会前、小林陵侑選手に科学の力で心強いサポートが行われていた。世界一の計算速度を誇る理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」が、小林選手のジャンプを解析し、その秘密が明らかになったのだ。現在、好評発売中の小中学生のためのニュースマガジン『ジュニアエラ6月号』から紹介します。

*  *  *

■踏み切りから着地までの選手の動きや空気の流れをまるごとシミュレーション

「鳥人」─スキージャンプの選手はそう呼ばれる。時速約90キロで思い切りよく踏み切って空中に飛び出し、100メートル以上も遠くまで飛ぶ姿はまさしく鳥のようだ。

大切なのは、空気の流れをうまく利用すること。鳥たちが翼の広げ方や体の向きを変えて風を受けるように、選手たちも体の周りの空気の流れを感じながら、さまざまな工夫をして競技に臨んでいる。

 北翔大学生涯スポーツ学部の山本敬三教授は、運動力学の観点から、空気の流れが競技に及ぼす影響の研究を進めてきた。以前から行われてきた手法が風洞実験。

 大きなトンネルのような場所で、選手や人体模型に強い風をあてて空気の流れや選手に働く力を計測する。ただし、この手法には限界があった。

「飛び出してから着地するまでに、空気の流れも選手自身の動きも刻一刻と変わります。しかし、風洞実験では姿勢を固定して計測する必要があるので、こうした変化をとらえきれていませんでした」(山本教授)

 そこで山本教授が着目したのが、コンピューターの中で、選手の動きや空気の流れを再現するシミュレーション技術だ。以前は風洞実験と同じく、空気の流れや選手の姿勢の細かな変化に対応できなかったが、近年、技術の進歩で可能になった。

 山本教授は、神戸大学大学院システム情報学研究科の坪倉誠教授と2009年から共同研究をスタート。どんなデータを集め、どう分析すればよいのか、話し合いや試行錯誤を重ねて、研究手法を確立していった。世界最速の計算速度を誇る理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」を利用することで、より細かく、精度の高い解析が可能になった。

■小林選手は、背面の気流の乱れを抑え揚力を高く保ち続けていた!

 こうして山本教授らは、踏み切りから着地までの空気の流れの変化を解析する、「まるごと空力シミュレーション」の手法を完成させた。

 選手の体格を測定し、モーションキャプチャー(※人間の動きなどをデジタルデータ化して解析するための技術。人体の関節にセンサーを取り付けるなどして動きを記録する)などによりジャンプ中の動作を連続してとらえ、3DのCGアニメーションにして、富岳で空気の流れやその影響を解析する。

 北京五輪の前、このシステムを使って日本代表の小林陵侑選手のジャンプを解析したところ、興味深いデータが示された。

 ジャンプ中の選手に働く空気の力の数値データは、体を持ち上げる「揚力」も飛行を妨げる「抗力」も後半ほど大きくなるが、小林選手は揚力がより大きくなる一方、抗力は抑えられ、空気の影響を総合的に示す「揚抗比」が高く保たれていた(図1)。

 画像データからは、前から来た風が巻きつくように背中側に流れ、気流の乱れが小さくなり、背中側にかかる圧力を抑えていることがわかった(図2)。

 運動力学では、空気の流れと飛行中の物体との間の角度(迎角)が大きいと揚力も大きくなるが、迎角が大きすぎると気流が乱れて失速するとされる。スキージャンプでもこの理論のとおり、空気の流れと選手の体との間の迎角が大きくなる後半には揚力も大きくなるが、やがて揚力が急速に失われて失速する(図3)。

「迎角のわずか1〜2度の違いで揚力は大きく変わります。選手たちはそれを細かく調整し、工夫しています。小林選手のジャンプには、今までの常識では語れない技術があるのだと思います。具体的にはまだわかっていませんが、今後の研究で解明したいですね」(山本教授)

 小林選手は北京五輪のノーマルヒルで金メダルに輝き、その後、ワールドカップで総合優勝も果たした。世界一の技術が解明されれば、競技全体のレベルが高まる。

 解析手法や技術が進めば、会場でその日のジャンプを解析し、次に生かせるかもしれない。最先端のサイエンスには、スポーツを進化させ、おもしろくする力がある。

文・ジュニアエラ編集部/図版提供・北翔大学、神戸大学、理化学研究所