芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、アカシックレコードについて。

*  *  *

 担編さんこと鮎川さんから、「シン・老人」のためのエッセイのリクエストが沢山たまっています。答え易いような、答え難いような質問ばかりで、必ずしも僕の関心事ではないのですが、といって、その関心事があるかと言えば実は何もないのです。だから鮎川さんの関心事に応えようとして、リクエストをしてもらったわけですが、実際は困っているのです。困っているから、助け舟を出してもらったのに、助け舟が用意されると急に乗りたくなくなるのです。

 最近頂いた質問を紹介しましょうか。

「アカシックレコードとは?」

「沢山絵を描いていますが、その保管はどうしていますか?」

「好きな日本人画家は?」

「鎮守氷川神社のオリジナル御朱印帳について」

 などです。では最初の質問を取り上げますが、アカシックレコードのことは先週のこの欄でチラッと触れたことが、鮎川さんの関心事を刺激したのかも知れません。アカシックレコードという用語は一般的に取り上げられることは滅多にないと思います。アカシックレコードという用語は近代神智学の創始者のヘレナ・P・ブラヴァツキーによるもので、西洋オカルティズムでは一般的な言葉です。

 まあ、ここでは簡単に説明しますと、アカシックレコードは宇宙の誕生以来の全ての事象、人間の全想念、全感情が記録されているという世界記憶の概念で、わかりやすくいうと宇宙の図書館だと思えばいいでしょうか。宇宙が誕生して以来のあらゆる存在の情報が記録されている記憶層で、まあここから先はスピリチュアルな世界になっていきます。

 だけどまれにこのアカシックレコードから知恵を得ることはあります。この知恵というか知識はそれを得る人の魂に埋め込まれたもので、一般的な学識を凌ぐものです。現実生活の中で獲得する知識の比ではないのです。では直感みたいなものか、と言われそうですが、確かに直感に似ているかも知れませんが、直感は現世で得た理性とか経験から発せられるもので、知識や教養の範疇からあまり出てはいません。

 では何なのかということになりますが、アカシックレコードは魂の経験と関係があり、前世でのDNAや体験や経験と大いに関係があるので、現世の体験や経験からは絶対得ることはできません。今世の知識や体験をはるかに凌駕した宇宙的な体験とでもいうのでしょうかね。それを、僕は輪廻の思想と呼んでいます。一般的に輪廻の思想を活用することはなく、せいぜい100年たらずの人生の枠からはみ出した世界観からの知恵を得ようとするのです。

 では、そのアカシックレコードの知恵をどうすれば活用できるのか、ということになりますが、現世体験だけに縛られているわれわれ人間にとっては、例えばエドガー・ケーシーのような人物にならない限り難しいでしょうね。しかし、創造の領域ではしばしば、アカシックレコードに無意識でアクセスしている場合があるように思います。でもただの無意識では駄目でしょうね。なんといっても魂の体験ですから、その魂を通してしか輪廻転生の世界というか、思想を得ることはできません。先ず輪廻の思想を理解しないと無理だと思います。

 特にそれも芸術的創造時に於いてのみ発揮されるエネルギーと考えて下さい。そのためには頭から言葉や観念を放棄して自分を失くして無私の境地になるしかないです。空っぽの状態の時こそアカシックレコードの扉を開くことができるのです。美術家は作品を作る時、極力、頭を空っぽにします。しかし、コンセプチュアルアート全盛の今日のアーティストは、頭の中を言葉と観念でギューギュー詰めにしています。

 アカシックレコードは空っぽの状態の時にアクセスされます。ありとあらゆる去来する想念、感情を断ち切って、真の自由を獲得した場合のみ、魂を通じて、千年の過去と通じるのです。過去の歴史を学べと言われますが、アカシックレコードは、魂の過去の歴史が対象です。そして初めて、過去の全想念、全感情を輪廻を越えて経験します。

 鮎川さん、アカシックレコードは非現実的なツールだと思われたかも知れません。創造行為に於いて自分でありながら自分でない不思議な体験に襲われて、できた作品に責任が持てない場合があります。「なんでこんなものが描けたのか」という経験です。そんな作品には目的も大義名分もありません。

「こんなもんができてしまいましたんや」という感覚です。鮎川さんもよく「頭で考えても理解できない現象に出会う」とおっしゃっていますが、そんな時は無意識に知らず知らずの内に魂を通じて、アカシックレコードを開いておられるんじゃないでしょうか。

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰

※週刊朝日  2022年6月17日号