首が長くて動物園で人気のキリンは、実は繊細な動物だ。かつては蹄の伸びすぎで死ぬことも多かったが、近年は蹄のケアで寿命が延びるようになった。飼育方法を進化させる動物園の取り組みを紹介する。AERA 2022年9月19日号より紹介する。

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 きっかけはコロナ禍だった。神奈川県在住の女性、にゃんたろうさん(ハンドルネーム)は気分が落ち込みがちになり、何か新しい趣味をと一眼レフカメラを買った。何を撮ろうかと、小学校の遠足以来になる多摩動物公園(東京都日野市)を訪れた。さまざまな動物を撮って帰宅。写真を見て気づいたのが、

「キリンってこんなに表情豊かなんだ」

 他の動物園へも足を運ぶようになり、キリンにも性格がいろいろあると気づいた。特にお気に入りの野毛山動物園(横浜市)の「そら」と宇都宮動物園(宇都宮市)の「テリー」は、人工保育で育ったこともあり人懐こい。「そらくん」と呼ぶとついてきて、ガラスをぺろぺろなめることもあるという。

 8前に多摩で生まれた「ワビスケ」をきっかけにキリンにハマったというのは都内在住の女性、高嶋さん。ちょうどプライベートで人間関係に嫌気がさしていたときだった。

■人にこびないのが魅力

 休みの日は必ず動物園へ。それも開園から閉園まで過ごすようになった。多摩のキリン17頭はすべて顔と名前を見分けられるが、キリンのほうは高嶋さんを覚えていない。でも、「そこが好き」なのだという。普段世話をする飼育員は判別しても、来園者を見分けはしない。もしキリンが自分の顔を覚えてくれたら、期待するし欲が出てしまう。それは嫌なのだ。

「キリンは人間にこびないし、それでいい。そこが犬猫やペットと違う野生動物の魅力。その子がただ元気でいてくれることが幸せなんです」

 ワビスケは繁殖のため、1歳半で沖縄こどもの国(沖縄県沖縄市)へ引っ越した。以来、年4、5回は会いに行く。他にも多摩で生まれ旅立っていった子たちを見るために全国を回った。北海道・帯広、札幌、盛岡、仙台、石川、愛知・豊橋、兵庫・姫路、高知……。行った先で元気な様子を見て、ホッとした。

 そもそもなぜこんなにキリンの移動が多いのかと言えば、繁殖のためだ。

 コロナ禍で近年は減っているが、例年20件程度は国内でキリンの引っ越しがあると教えてくれたのは、多摩動物公園の飼育員・清水勲さん。キリンを担当して22年目のベテランだ。

 多摩動物公園は国内でキリンを一番多く飼育していて、全国193頭(2021年12月末時点)いるキリンの血統管理を担う。近縁な関係にある個体同士の繁殖を避け、遺伝的な多様性を保つためだ。各地の動物園から「オスが欲しい」「メスが欲しい」などのリクエストがあれば、適した組み合わせを分析して調整をする。

■移送中に命を落とす

「体が大きくなると運ぶのが難しく、ストレス耐性もなくなるので、原則として3歳前後までに移動するようにしています。暑さや寒さで負担をかけないよう、引っ越しは春と秋に集中します」(清水さん)

 大きいわりに繊細なキリン。今年4月には、王子動物園(神戸市)の「ひまわり」が岩手サファリパーク(岩手県一関市)への移送中に命を落とす事故も起きた。輸送箱内で体勢を変えようとして転倒し、呼吸不全に陥ったのが原因と公表された。

 移送以外にも、金網に角が挟まって抜け出そうとして頚椎(けいつい)を損傷するなど事故死が少なくない。だが、死亡原因の多くはキリンの蹄(ひづめ)の伸びすぎだ。

 前出の高嶋さんにとって忘れられない「ユズ」(13年に多摩から盛岡市動物公園に移動)が17年に死んだときも、蹄が伸びて関節症を起こしたことが遠因だった。動物園で暮らすキリンは、野生と違って運動量が少なく蹄が伸びやすい。蹄が伸びると歩き方に影響し、関節が悪化して立てなくなり、死に至る。

 かつてはそれが寿命で、しかたのないことだと思われていた。体重が1トン近くもあるキリンの足を押さえつけて蹄を削ることなど到底無理だからだ。

 ところが、今では多くの動物園で蹄のケア(削蹄)ができるようになり、寿命が延びている。可能にしたのがハズバンダリートレーニング。削蹄のために足を出したり、採血のために首を曲げたりなど、健康管理に必要な動作を動物が自主的にするようにご褒美を与えながら訓練する方法だ。

■飼育環境への配慮も

 キリンのハズバンダリートレーニングの第一人者が、大森山動物園(秋田市)の飼育員・柴田典弘さんだ。

「小さい動物なら爪を切ってあげられるのに、キリンにできないのは当たり前とされていた。それが我慢できなかった」

 担当していたキリンが蹄の伸びすぎで死んだ悔しさもあった。1990年代から水族館で取り入れられていたこのトレーニングに注目し、11年にキリンで初めて成功させた。また、2週間に1回採血も行う。データを蓄積できれば、健康管理はさらに進化する見込みだ。

 近年の動物園は、飼育環境への配慮もするようになった。

「昔は少しぐらい寒くても追い立てて外に出していましたが、今は無理に出すことはしません。キリン本位の飼育になり、だいぶ信頼関係が築けるようになりました」(多摩の清水さん)

「その動物が幸せに暮らしているか」という視点で動物園を歩いてみれば、これまでと違った楽しみ方もできるかもしれない。(編集部・高橋有紀)

※AERA 2022年9月19日号