日常生活で親の行動に頼りなさが現れ始めたら、要介護認定の申請を考えるタイミングです。しかし、当の親は「まだ自分たちだけで大丈夫」「私もおとうさんもしっかりしているのに、なぜ申請するの?」などと言って、申請をしぶるケースも少なくありません。さらに、要支援・要介護認定されたのに、サービスを受けたがらないケースも。親の気持ちを尊重しながら上手に介護サービスを受けていくコツを、介護アドバイザーの高口光子氏に教えていただきました。

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■認定申請や、デイケアに行くことをしぶる親たち

 介護の現場にいて、よく聞こえてくるのが、介護サービスを受けさせたいのに、「親がいやがって話が進まない」「決定のタイミングで必ずしぶる」「わかったと言いながらこちらの意見を聞き流す」といった訴えです。

 たとえば、いざというときに困らないように、早めの要介護認定の申請をしようと親に相談すると、「俺はまだ元気だから、他人様の世話にはならないよ」「家事はちゃんとできているから、必要ないでしょ」などと、思わぬ抵抗にあいます。

 さらに、ようやく要介護・要支援認定が下りて、サービスが受けられるようになったとたん、「デイケアなんか行かない、行きたくない」「家に人が来て手伝ってもらうのはイヤだ」などと言って、家族をがっかりさせることもあります。

 こうなると、親のかたくなな姿勢と、焦るあなたの気持ちがぶつかって、険悪なムードになってしまいます。もちろん、親の気持ちを無視して進めるのは論外です。納得を得られないままに進めてしまうと、親もあなたも、この先、気持ちにしこりを残したままの介護生活になってしまいます。

 どうすれば、親はあなたの思いを素直に受け止めて、介護サービスを受けることを前向きに考えくれるのでしょうか。

 それぞれの場面で、私が体験を踏まえて得た、「親をその気にさせる」ためのヒントをお教えしましょう。

■要介護認定の申請:「みんながやっている」がキーワード

 要介護認定の申請は、親がある程度元気なうちに早めにしておきたいもの。しかし、その元気さゆえに、抵抗する親も多いのです。抵抗にあったら、「必要だから申請する」と説明するのではなく、話のもっていきようを、ちょっと工夫してみてください。

 以前、介護の現場で、「この方法、いいなあ、上手だなあ」と思ったケースがありました。

 70代後半の父親と相談に来た女性。要介護認定の申請を考えていますが、父親は「娘が申請しろって言うんだけど、私はまだいらないと思います」と、いまひとつ納得していない様子です。

 娘さんが「父はこんなふうに、まだまだだって言うのですが、みなさん、もう申請されていますよね」と口火を切りました。私たちも、「ええ、お父さんくらいの年代の方は、みなさん申請されていますよ」と話します。父親は「みんなやっているのですか」と少し驚いた様子です。私たちの「みなさん、お元気なうちに申請されていますよ」という言葉に、「それなら私もいまから申請するほうがいいですね」と、気持ちがやわらいできたようです。

 ここでキーワードになったのは「みんながやっている」です。たとえば昭和20年前後生まれの人は誰でもやっている、お父さんの同級生の○○さんもやっている、町会の75歳以上はみんなやっているなど、同世代や身近な人を例に出すと、「自分事」としてとらえられて、「それなら自分もやってみるか」と考えてくれます。

 70年80年の人生を、人との和を大事にして生きてきた親世代。自分だけではない、みんながやっているというのは、前に一歩踏み出すために背中を押してくれる考え方なのでしょう。誰にでも通用する魔法のフレーズとまでは言いませんが、この一言ですんなり話が進むケースも多いと思います。

 前出の父親は、その後申請をして要支援1となり、今は週2回、デイサービス(通所介護)に通っているということです。

■認定調査:親は調査員の前でいい子になる

 要介護度を決めるための「認定調査」の際の「親の変身」も気がかりです。認定調査では、認定調査員が自宅に来て、本人や家族の様子の聞き取り調査をするのですが、このときに、親がふだん以上の力を発揮することで、正しい判定がされなかったのではないか、要介護度・要支援度が軽くなったのではないか、と不安に思う人が多いのです。

 しかしこれは当たり前のこと。高齢者は全員、「そとづら良し男、良し子」さんです。認定調査員の前では精一杯気張って、かっこいい自分を見せたがるのは当然のことです。むしろ、第三者、つまり「社会」を意識した行動ができるととらえてください。

 こんなとき、あなたがすべきなのは、正しい判定がなされるかの心配ではなく、親を否定せず、親の見えも含めて、認定調査員の前で自然な気持ちを出させてあげることです。

「自分のことは自分でできています」と答える親に、「そんなことないでしょ、このあいだ、お鍋焦がしたでしょ」と頭ごなしに否定するような言動はしてはいけません。親が話したいことを好きなように話させてあげてください。「前のようにてきぱきできませんが、自分のご飯は自分でつくろうと思っています」「時間はかかりますが、買い物も掃除も自分でやりたいです」など、自立性をもちたい、人に迷惑をかけたくない、頼りないとわかっているがもう少し頑張りたいなど、第三者を前にしたときにこそわかる親の率直な気持ちが込められているからです。

■時間的・精神的余裕をもって認定調査に臨む

 ただ実際には、認定調査員は限られた時間で多くの情報を得なければなりません。そこで、次のようなことを心がけて、認定調査に臨んでください。

▼親のふだんの様子、生活ぶり、心配なことをあらかじめメモにしておく

 健康状態、食事の様子、着替え、トイレが間に合うか、外出時の様子、家事がどれくらいできるか、睡眠の様子、もの忘れはあるか、言っていることは変ではないか、などを書いておきます。また、心配なこと、気になる変化も書き出しておきます。具体的なエピソードを書き添えるとわかりやすいでしょう。

▼親のいないところで現状を説明、無理ならメモを渡す

 調査中、常に親が一緒にいる可能性があるなら、メモを調査員に渡します。ほかの書類の間に挟むなどして、渡すといいでしょう。後日、郵送などにすると、同じ調査員に見てもらえないかもしれないので、訪問調査の日に渡すようにします。

▼認定調査の日は仕事を休むなどして、時間を気にせず、訪問調査を受ける

 あなた自身の気持ちに余裕がないと、親に語らせるような時間の流れにならないものです。時間を気にせずに訪問調査を受けられるように日程調整をしましょう。

■デイサービス・デイケアを勧める:現実的なメリットを説明

 せっかく要介護・要支援認定がおりたのに、いざとなったら親がデイサービスやデイケア(通所リハビリテーション)を利用したがらない。これも困った事態です。

 あなたはそんな親に対して、「同じ年代の人がいておしゃべりできるよ」「大勢で食事ができて楽しいよ」などと説得していませんか。多くの人が、つい、「楽しい」とか「仲間ができる」などを理由にデイサービス・デイケアに行くことを勧めがちですが、私は、もっと現実的なメリットを挙げるほうが効果的だと思います。

 たとえば、家でお風呂に入るデメリット(手間がたいへん、脱衣所が寒くてかぜをひくかもしれない、一人で入って転ぶかもしれない、途中で気分が悪くなるかもしれない、光熱費がかかるなど)は、デイサービス・デイケアでお風呂を利用するだけで解決できます。栄養バランスのよい食事もデイサービス・デイケアでなら取れます。デイケアではリハビリもできて、暑い時期の熱中症のリスクも、一人で自宅にいるより減らすことができます。

 つまりデイサービスやデイケアは、親の生活に欠けている部分を補ってくれる場所なのです。ぜひ、「そんな場所を利用しないなんて、もったいないでしょ」と話してみてください。

 もちろん、人と積極的に交わって、ゲームや歌やおしゃべりをするのが好きな人には、それができる場所として勧めればいいと思います。

■話すことで親の気持ちを知る努力を

 親の介護サービス開始を進めようとしているあなたにとって、なによりも大切なのは、親がいま、どんなことで困っているか、どんなことをしてもらいたがっているかを、日ごろから把握しておくことです。そうすることで、「上手な勧め方」が可能になります。

 しかし、これは難しいことかもしれません。あなたは仕事や家事、あるいは育児に忙しいでしょうし、離れて暮らしていればなおさら、親の日常生活を知る時間は多くありません。それでも、できるだけ話す機会、語ってもらう機会を増やし、会話の端々で親の考え方、気持ちをくみ取る努力をしてください。

 そして、意見がぶつかって険悪になる前に、早めに地域包括支援センターなど、介護の窓口に相談することです。相談時には、親も一緒に参加してもらい、三者面談の形にしてください。家族以外の「他人」がいることで、お互い素直になれたり、気持ちのうえでの整理がついたり、親のかたくなな態度の後ろに隠れている気持ちがはっきりしたりします。

 親の気持ちはあなたと家族がいちばんご存じかもしれません。しかし私たち介護職も、いろいろな経験をもとに、あなたにも親御さんにも、望みどおりの介護生活をスタートしてもらえるよう、お手伝いしたいと思っています。

(構成/別所 文)

高口光子(たかぐちみつこ)

元気がでる介護研究所代表

【プロフィル】

高知医療学院卒業。理学療法士として病院勤務ののち、特別養護老人ホームに介護職として勤務。2002年から医療法人財団百葉の会で法人事務局企画教育推進室室長、生活リハビリ推進室室長を務めるとともに、介護アドバイザーとして活動。介護老人保健施設・鶴舞乃城、星のしずくの立ち上げに参加。22年、理想の介護の追求と実現を考える「高口光子の元気がでる介護研究所」を設立。介護アドバイザー、理学療法士、介護福祉士、介護支援専門員。『介護施設で死ぬということ』『認知症介護びっくり日記』『リーダーのためのケア技術論』『介護の毒(ドク)はコドク(孤独)です。』など著書多数。https://genki-kaigo.net/ (元気が出る介護研究所)