人間が指示した「言葉」によって様々な絵を生み出してくれる画像生成AI。そのクオリティーが今、急速に進化しているという。今後、AIは世界にどんな変化をもたらすのか、アートの未来を想像してみたい。AERA 2023年1月2−9日合併号の記事を紹介する。
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AIで描く絵が、世界で浸透しつつある。今年の夏、画像生成AI「Midjourney(ミッドジャーニー)」と「Stable Diffusion(ステーブル ディフュージョン)」が、立て続けに公開された。両者とも英語でテキストを入力することで画像を生成するAIサービス。つまり「beautiful cat」などと指示をすれば、AIが自動で絵を描いてくれる。
もちろん、これまでもAIで画像を生成する技術は開発されていたが、両者は圧倒的に画像生成のクオリティーが高いことで驚かれた。
テキストを入力することで画像を生成できるということは、私たちに必要なのは絵の技術ではなく言葉だということ。つまりプロンプト(AIに指示するテキスト)さえうまく操れば、誰もが絵を描ける時代になったともいえる。
イラストレーターとして23年間仕事をしてきた40代の男性は、肩を落とす。
「いつかこんな日がくるとは思っていたんです。でも想定していたより早かった。仕事が減らないか、ちょっと心配ですね」
イラストレーターで、ゲームや動画などの背景を作る背景グラフィッカーの852話(はこにわ)さんも、まず衝撃とショックを受けたという。
「これからどうなっちゃうのかな、という気持ちがしました。でも少し試していくと、これは敵ではなく強い味方になりうるという気持ちが芽生えました。だったら、相手をよく知り手をつないでいこうと思ったんです」
■公開から4日で開発
852話さんは「Midjourney」や「Stable Diffusion」が公開された直後から利用を開始。9月にはAIで作った絵を100点ほど収録したアートコレクション『Artificial Images』(インプレスR&D)を出版した。ツイッターのフォロワーは5千人から17万人に増えたという。
また、「Stable Diffusion」はオープンソース化して公開されたため、画像生成AIは日進月歩の進化を見せる。日本でもこのソースを利用したAIが開発された。LINEで使える「お絵描きばりぐっどくん」や、AIお絵描きアプリ「AIピカソ」などがそれにあたる。
「AIピカソ」は、「Stable Diffusion」の公開から4日ほどで開発された。日本語テキストを入れると画像を生成することができ、スマホにアプリをダウンロードすればすぐに使える。開発に携わった筑波大学大学院で情報工学を学ぶ冨平準喜さん(25)はこう話す。
「『Stable Diffusion』がオープンソースで公開されてからすぐに3、4人の開発者が、ハッカソン形式で開発をすすめました」
■美術コンテストで1位
冨平さんは大学院でAIの研究をしており、研究室のメンバーでベンチャー企業「AIdeaLab」を立ち上げている。冨平さんたちは以前からAIの画像生成技術に関心があり、実際に数年前からアプリの開発も手掛けていた。けれども、当時の画像生成技術の精度では限界があったことと、開発費用と時間の壁が立ちふさがり、開発はストップしていた。
「『Stable Diffusion』の場合、AIに学習させるときに、テキストと画像をペアで英語学習させているのですが、だいたいそれが、58億枚の画像とテキストで学習していると言われています。時間でいうと14万時間、費用もトータルで1億円ほどかかると考えられます」
そんな手間も時間もお金もかかることが、まさかオープンソースになるとは思いもしなかったという。8月31日にリリースされた「AIピカソ」のiOS版はリリース直後にApp Storeの無料APPランキングで1位にランクイン。約1カ月後には、アンドロイド版も公開した。
「今後はAIピカソを使ったイラストをユーザーが投稿し、それを検索できるような素材サイトや、漫画に特化したようなAIを開発していく予定です」
高性能な画像が簡単に作れるがゆえに課題も出てきた。8月、アメリカのコロラド州で行われた美術コンテストで、「デジタルアート・デジタル加工写真」の分野で1位を取ったのが、「Midjourney」で作った作品だった。このことは賛否が分かれ、物議をかもした。
また、9月に台風15号の影響で、静岡県に大きな被害が出た。その際、氾濫した川の水で街が水没しているような写真がツイッター上で拡散されたが、「Stable Diffusion」で作ったフェイク画像だった。
■「AIで描いてほしい」
著作権の問題もある。たとえば、10月に提供を開始した「NovelAI Diffusion」は、二次元のキャラクターが高性能で生成できると話題になったが、無断転載された著作権のある作品が機械学習に利用されている可能性が指摘され、議論が起きた。
急激な進化だからこそ、これから世界で議論すべき問題も次々と出てきている。しかし、すでに画像生成AIは作家のツールの一つとして作品作りに活用されつつある。
冒頭の852話さんの元には、「AIで描いてほしい」という仕事の依頼も多く、実際にミュージックビデオなどをAIで手がけた。
「どんな絵が出てくるのか生成されるまで分からないので、ワクワク感もありますし、指示通りに出てきたうれしさもあります。期待通りではなくても『こんなのが出てきた』という発見だったり、じゃあこうやって作ろうかな、と思えたり。想像を超えたものが出てくる面白さはAIならではと思います」
これまでのツールとは違い、AIの場合は線画や面がレイヤーに分かれていないことで作業がしづらかったり、クライアントが希望する絵がなかなか出せなかったりという苦労もあるが、いずれそこも改善されると考えている。
■結局は人間的なもの
写真家の小山幸佑さん(34)は、87歳の祖母と祖母の記憶をテーマにした個展を11月に開いた。その中で祖母の戦争体験をAIを使って表現した。
「AIの画像って、ちょっとおかしな画像が生成されることも多いんです。そこを利用したいと思いました。誰かの体験や記憶というのはそのまま100%同じようには伝わらずに、少しずつ形を変えて伝わっていきますよね。そのずれや、伝達の変遷というのも込みでビジュアル化しようと考えたとき、AIなら表現できるかもしれないと思いました」
小山さんは祖母が語った戦争体験をAIに打ち込み、画像を200枚ほど生成。そのうち、あえておかしい絵を50枚ほど選び、一つの作品に仕上げた。作品を見た人たちは「なんか不思議」には思っても、初見でAIだと気づく人はほとんどいなかったそうだ。
「新しいテクノロジーが出てきたときに、芸術の世界では、それは古いものを淘汰しません。選択肢が増えるだけです。やがて『AIのほうがいいよね』という人も出てくるでしょう。AIのアートは一つの大きな領域に発展するだろう、と私は思います」
そう話すのは、森美術館前館長で、美術評論家・キュレーターの南條史生さんだ。
南條さんは、画像生成AIは、結局はとても人間的なものであると考えている。AIに対して、インプットするプロンプトを何にするかを決めるのは人間であり、AIが作り出したもののどれを自分の作品として出すかを決めるのも人間だ。その選択のところに自分の存在、つまりアイデンティティーが生じ、このことが人間的な重要な部分として残るのではないか、と。
「たとえばテクノロジーを使ってポジティブなことをやるか、ネガティブなことをやるか、それを見抜いていく必要があるのと同じように、このAIの発展も、どう私たちが使っていくか、人間の叡智や知恵がもっと重要になってくる時代になるのではないでしょうか」
■著作権侵害を回避するために
AIが描いた絵によるトラブルを回避するには、どんなことに気をつければいいのか。STORIA法律事務所の柿沼太一弁護士に聞いた。
「これまでAIは基本的にビジネスで使われていましたが、一般の人も簡単に画像生成AIが使えるようになっているため、一般の人がトラブルに巻き込まれる可能性はあります。もしトラブルになるとしたら、著作権の侵害が第一に考えられます。
それを回避するには、まずは既存の作品と同じ作品を生成しないことです。たとえばディズニーやジブリなどの既存のキャラクターはもちろん、誰かの作品など既存のものと知っていて、それと同じ作品を生成するのは、基本的にアウトです。この点はAIを使っても使わなくても同じです。
ただ、AIの特性上、大量の作品が学習用データとして用いられていることから、偶然、既存の作品と同じ作品がAIで生成され、そうと知らずに発表してしまうことが絶対にないとは言えません。それが著作権侵害になるかは見解が分かれます。
仮に著作権侵害になる、という立場をとった場合、著作権者からそれ以降の使用を禁止されたら、それ以降使用することはできません。もっとも、どの絵がAIの学習データに使われているかは一般の人には分からないので、損害賠償を負担する責任は負わないと考えられます。
『Stable Diffusion』や『Midjourney』はプロンプトを入力して画像を生成するものです。ではそのプロンプトに著作権は発生するのでしょうか。もし著作権が発生するとしたら、創意工夫された長いプロンプトについてでしょう。短い単純なプロンプトにはおそらく著作権は発生しません。
画像生成AIについては、これから色々と議論されていくことと思います。たとえば日本では、AIの開発のためであれば、著作権者に断らずに著作物を機械学習させることは、法的には原則問題ありません。ただ、AIに学習させたくないイラストレーターやアーティストもいるでしょう。その場合、どうすべきか。『AIの機械学習禁止』などとクリエイターが一方的に表明したとしても、法的に禁止はできません。
また、AIを利用して完全自動的に生成された著作物には、現在著作権は発生しないと考えられています。今後、そのようなAI生成物にも著作権を与えるべきかなども議論されています。
『Stable Diffusion』のモデルがオープンソースで公開された以上、技術の発展を止めることはできません。議論はしっかりとやるべきですが、個人的には、過度な法規制は望ましくないと思っています」
(編集部・大川恵実)
※AERA 2023年1月2−9日合併号
AIの画像生成クオリティーが急速に進化 アメリカの美術コンテストで1位取った事例も
「Theatre D'opera Spatial」/米コロラド州で行われた美術コンテストで1位を取った、ジェイソン・アレンさんの作品。Midjourneyで生成したことが分かると物議をかもした(写真:Jason M. Allen/SWNS/アフロ)