「GIGAスクール構想」で全国の小中学生にタブレット端末が配布されて2年目。教員たちは多忙を極めている。現場の声から見えてきた課題とは。AERA 2023年1月16日号の記事を紹介する。
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「先生はね、給食の牛乳のパックで小数を発見したよ!」
さいたま市立植竹小学校3年1組の教室で、担任教員の菊池健一さん(48)は子どもたちにこう語り掛け、牛乳パックの栄養表示欄の写真を黒板に貼った。1人1台配布されているタブレットパソコン(PC)に、その写真を一斉送信する。子どもたちは手慣れた様子で、画面に映った写真を大きくしたり、動かしたり。その後は子どもたちが身の回りで見つけた小数を発表。続く国語の授業では、タブレットに子ども向け新聞を映しながら「こそあど言葉」を探した。これが、タブレットを授業に取り入れたICT教育なのか。
菊池さんは「ICTを使った授業は得意ではないんですが」と苦笑いするが、試行錯誤しながらも、チャレンジしている。
文部科学省が全国の小中学生に1人1台の端末を配る「GIGAスクール構想」が本格スタートして2年目に入った。教室ではどのような授業が行われ、どんな課題が見えてきたのか。現役教員たちを取材した。
■時間外労働が増加した
GIGAスクール構想では、一人ひとりに合った教材で学習できる。できる子は先に進み、つまずいたらその部分を深く学べると文科省は胸を張るが……。
「GIGAスクール構想で、自分なりの学びを進めることはできる。学力は上がるだろうし、学びが遅れてもAI先生がフォローできるだろう。ただし、そういう学習をするにしても教師がいないといけない。教師がそういう時間を取れるかも問題です。それなら、学習指導要領の内容を減らして、そのための時間をつくるべき」
こう訴えるのは鹿児島県の公立中に勤務する60代の教員だ。
英語必修化やプログラミング教育、道徳の教科化など学校では新たな仕事が次々に増え、そのたびに教員は猛烈に忙しくなってきた。GIGAスクール構想も同様で、教員は新たな授業の準備ばかりでなく、ネット環境の脆弱(ぜいじゃく)さによるトラブル対応、破損対応、情報の管理などの負担が増えたという。群馬県の公立小学校特別支援学級の担任を務める男性教員(50代)が嘆く。
「情報教育を担当している職員の仕事が増えた。IDやパスワードの管理、新学期にパソコンを使用するまでの手続きなどで、時間外労働が増加した」
別の教員も「端末は1年使うとけっこうボロボロ。保護者からクレームがくることもある」と明かす。
「1人1台タブレット」のシンプルかつ根本的な問題も浮き彫りになってきている。政令指定都市の公立中学校校長が言う。
「1人1台端末を使う授業では、基本的に生徒の画面を、教師がすべて把握はできない。悪く言うと、授業中ゲームをしても、子ども同士でチャットをしていてもわかりません。見回ってもスワイプで隠すのは簡単です」
また、子どもたちへの影響を指摘する意見も多く聞かれた。まず、子どものコミュニケーション能力の低下。前出の菊池さんはタブレット導入後の学習内容の変化を懸念する。
「本や辞書で調べる学習や、人に会って情報を収集する機会が減ることが危惧されます。そこで、教育委員会の指導を受けながら、同僚教員とも教材研究して、実際に人に話を聞いたり、本や辞書で調べたりする活動も積極的に行っています」
■読み書きがおろそかに
調べたいことを、詳しい人に聞く。そうした一次情報を元に物事を考えるのは、社会で必須のスキルだ。ネットの情報には、嘘や誇張もたくさんある。情報の取捨選択の方法を小中学生に教えなければならない。
さらに、ICTの導入で従来の学習の比重が軽くなったという指摘もある。再任用教員として公立小学校に勤務する60代の女性教員はこう訴える。
「子どもや保護者に、ICTを使えば何でもできるように錯覚させ、PC操作ができないと、我が子が取り残されるような不安を与えている。従来の教育で大切にされてきた『読み、書き、計算』がおろそかにされている」
都内の公立小の50代教員は、
「ICT教育がいい悪いというより、突然スタートされ、学校現場に丸投げで戸惑うばかり。推進されても弊害が多い。書けない、読めない子が自動変換だけ覚えてしまう」
と、タブレット端末の導入で楽な方に流れる子どもたちを、心配する。
ITに詳しい若手の教員ならうまくできるのでは、とよく言われるが、それは幻想だという。
「授業の力量を上げずに、ただICTを使えばいいわけではない。若い教師はICTのことばかり考えて停滞している。ベテランも授業の基本となる一斉授業の力を育てる時間がない」
と、東京都の公立中学校教諭(50代)は憤る。
もちろん、メリットを指摘する声もあった。茨城県内の公立小で特別支援学級の担任をする50代の男性教員は言う。
「(タブレット端末で)デイジー教科書(紙の教科書では読むことなどが困難な児童生徒が利用できるマルチメディア教科書)が使えるようになって、子どもたちが音読をできるようになった。文章を読み上げる機能があるので、聞きながら読む練習ができる」
■自作エクセルで筆算を
算数では、自作のエクセルワークシートを使って、筆算の練習を子どもたちが自力でできるようになったという。
「途中経過が見えるようにしたので、どこで間違ったかわかる。直しも効率的にできます」
意欲的にICTを活用し、授業の質を上げている例だ。
GIGAスクール構想には課題も多いが、ICT教育だけをやり玉に挙げる教員はほとんどいない。準備の時間や研修がないこと、授業から修理対応まで学校に丸投げで、結果、教員の仕事が増えること。子どもへの悪影響を放置していること。現場は、増え続ける仕事量に疲弊しているのだ。
文科省の担当者はこの状況についてこう話す。
「文部科学省からは、1人1台端末を『このくらいの時間を取って使用してほしい』という具体的なお願いはしておりません。一方で、『個別最適な学び』と『協働的な学び』の一体的な充実など、教育の質を向上させるためGIGAスクール構想を推進しているところであり、その観点で1人1台端末を日常的・効果的に活用いただきたいと考えています」
時間こそ指定していないが、結局、日常的に活用するよう、物腰柔らかく言われているだけのように聞こえる。だから、次の事例のように「手柄を立てよう」と、暴走する教育委員会が出てくるのかもしれない。
政令指定都市の中学校の50代校長は危機感を募らせる。
「教育委員会から『タブレットを持って帰らせるように』と通知がきた。ネット依存の原因になることを恐れて、『せめて、深夜から未明までは使わないように、時間制限を』と言ったが、『自由に使わせる』となってしまった。委員会でネットを使っている時間を調べたら、1カ月に200ギガオーバーという子が何人もいた。一日中タブレットに向かっているのだろう。学校が配布したタブレットがネット依存の温床となっている」
ネット依存は、心身が不健康な状態になり、成績不振や不登校にもつながる社会的な問題でもある。教育の目的で配布した道具が、ネット依存の要因になってしまうのは本末転倒だ。
■文房具の一つと考えて
ただし、GIGAスクール構想はまだ始まったばかり。どうすればうまく学びに取り入れられるのか。
教員向けの著書も多い、兵庫県の公立小学校の俵原正仁(たわらはらまさひと)校長は「タブレットを特別視することはない」と言う。
「どんな授業をするか考えて、タブレットの活用が有効となれば、使えばいいのです。文房具の一つと考えればいいのでは。ICTは、目的ではなく授業を成功させるための手段です。たとえば、私の学校では朝顔の観察にタブレットを使っています。朝顔の鉢の前で、不安定な体勢で絵を描くより、撮影して教室に戻り、じっくり観察して描くほうがいいでしょう? 簡単に導入できるICT教育は、たくさんあります」
運用や学習面での課題について文科省や教育委員会は現場に丸投げするのではなく、教員の声も聞き、子どもたちのために問題を改善していく必要がある。教育のせいで困るのは、未来を生きる子どもたちなのだから。(教育ライター・高清水美音子)
※AERA 2023年1月16日号