未完成婚(unconsummated marriage)とは、結婚した男女がペニスを腟内に挿入する性行為を一度も行えないまま、セックスレスになっている状態を指す。中でも30代の処女と童貞のカップルに多く、だれにも相談できずに途方に暮れているケースが少なくない。セックスできないカップルの実情や、当事者たちの思い、また、改善に向かって医師がどのようにサポートしていくのか。30年来にわたって女性たちの相談に乗っている産婦人科医、いけした女性クリニック院長、池下育子先生に聞いた。

*   *  *

 池下先生によれば、「結婚して何年たっても性生活がない」という未完成婚の相談は、30年前にクリニックを開業した当初からあったという。

 近年では、処女と童貞の2人が「どうしたらいいのか、わからない」と途方にくれ、近い将来の妊娠・出産を目指して相談にやってくるケースが増加傾向にある。現在、いけした女性クリニックには、1カ月あたり10人以上の女性たちが未完成婚を含め、セックスレスの相談に定期的に訪れている。

■男女ともに未経験だと、なかなか先に進むことができない


 未完成婚の2人は一緒にご飯を食べたり、買い物に行ったり、映画を見たりと夫婦仲が円満にもかかわらず、実は1回もセックスしたことがない。だが、セックスしないことに違和感を持つこともなく、これまで生活に支障をきたすことはなかった。性に関わることは親や友人に相談しにくいこともあり、「当分はこのままでいこうか」とセックスレス問題を棚上げにしたまま、時間が経過してしまうのだ。だが、そんな2人に、人生の転機が訪れる。

 東京近郊に住む32歳の会社員A子さんのケースを紹介しよう。A子さんは29歳のときに、大学時代の同級生(33歳)と結婚。結婚前も今もセックスしたことがない。「私たちは2人とも性欲が旺盛なほうではないし、別にこのままでもいい」と思っていたという。しかし、同世代の友人たちが子どもを産み育てるようになり、「子どものいる人生もいいな。私も産みたい」と考えるようになってきた。

「かつては子どもがいなくても、仕事をして収入を得て、ファッショナブルなのが<いい女>という風潮がありました。でも、今は『子どもがいても素敵なママでいたい』と、子どもを持つことが女性たちのライフスタイルの一部となってきました。未完成婚の女性たちも、『女であることの証は子どもを宿すこと。お金や地位より、最終的には子どもがほしい。妊娠・出産にいたるためにもセックスできるようになりたい!』と思うようになったのです」と池下先生。

 未完成婚の相談にやってくる女性たちによれば、そもそも男性側が「ペニスを挿入するべき腟の入口がどこにあるのかわからない」ケースが少なくないという。どちらか一方に性経験があれば、リードしてもらいながら初体験を難無く通過できるのだが、処女と童貞のカップルゆえに、なかなか先に進めないのだ。

「性の営みは太古の昔から行われ、自然とできるようになるんじゃないの?と思われてしまいがちです。でも、現に『結婚後もできない状態が続いている』という人たちがいるわけです。実は近年、母親の過干渉によって、思春期にマスターベーションを経験せずに大人になってしまった男性が少なくありません。『床オナ』といって、フローリングの床など硬いものでペニスを刺激しなければ射精できず、生身の女性とセックスすることに消極的な男性も増えているようです。そうした影響も影を落としているのかもしれませんね」(池下先生)

 また、もう一つのケースとして多いのが、「処女ではないけれど、性交痛があってセックスが苦痛」という人たちだ。

 製造業で課長に就任したばかりの40歳のB子さんは、5歳年上の夫と結婚して2年目。結婚前に3歳年上の元カレと数回のセックス経験があったが、最後まで挿入できたかどうか、実感がない。「セックスはただ痛いだけ。どこがいいのかわからない」という。「違うパートナーと結婚すれば痛くなくなるのかな?」と思っていたが、やはり痛くて、最後まで挿入したことがない。「夫は無理強いすることなく、待ってくれている。とはいえ出産のタイムリミットも迫っているし、女性に生まれたからには子どもを産みたい」と、切実な思いをドクターに訴える。「妊活のためにセックスレスを克服したい」という思いは、前述のA子さんと同様といえるだろう。

■医療器具を使って腟を拡張し、挿入の練習

 では、未完成婚の相談で訪れた彼女たちに、医療機関ではどのような治療が行われるのだろうか。

 婦人科外来で未完成婚の相談に応じてくれるドクターたちにはそれぞれにメソッドがあり、腟を拡張させる行動療法や、心理的な不安を和らげる精神療法などでアプローチすることが多いようだ。中には夫婦2人で通院できる医療機関もあるが、いけした女性クリニックでは女性のみの受診に対応している。

「処女と童貞のカップルの場合は、問診でじっくりと彼女たちの話を聞いた後、『このままでは先に進めないから、女性側がリードしてあげるしかないよね』と伝えています。そして、私の診療室では『ダイレーター』という医療器具を使って、腟を拡張させるとともに、挿入のしかたを練習するトレーニングを行っているんです」(池下先生)

 近年、「フェムテック」といって、テクノロジーを生かした<腟まわりのお手入れ>や<腟トレ>がブームとなっており、すでにダイレーターをネットで購入したという相談者も少なくない。医療機関でセックスに関する悩みの相談をしたり、腟のトレーニングを受ける治療は、以前に比べて敷居が低くなっているようだ。

 池下先生の診察室では、腟の拡張トレーニングを始めるにあたり、まずは相談者に内診台に座ってもらい、自分の外陰部を手鏡に映して見てもらうのが第一歩。その際、ドクターが「ここよ」と腟の入口を示して教えてあげるのだ。トレーニングを希望する人たちはダイレーターを購入し、ドクターから使用法を伝授してもらうとともに、自宅でも練習して少しずつ慣らしていくという。

 ダイレーターには様々な太さ、長さのものがあり、5本セットになっている。1番小さなサイズは月経時に使うタンポンのように細いもの、1番大きなサイズは男性のペニスとほぼ同じ大きさ。まずは小さなサイズから順番に使っていく。

■腟の拡張トレーニングの手順は?


 トレーニングを行う際は体の力を抜いてリラックスを心がけ、以下のように進めていく。(いけした女性クリニックの場合)

 内診台に座った態勢で、ダイレーターを挿入する練習をスタート。ドクターが「ここが腟の入口」と鏡で見せて、示してあげる。まずは1番小さなサイズを自分の手で挿入し、慣れてきたら、徐々にダイレーターのサイズをアップしていく。

「最初のうちは、ドクターが腟口に触れるだけで『キャーッ』と声を上げてしまうほど。でも、自宅でもダイレーターを挿入する練習を行ううちに、少しずつ腟口が拡張され、挿入することに慣れていきます」(池下先生)

 5本中4番目のサイズを使えるようになったら、ペニスの挿入をイメージした練習を始める。その際、ドクターがダイレーターを手に持って、夫役を務める。女性はドクターと向き合う態勢をとり、少しずつダイレーターを挿入する。

「イメージトレーニングをすることにより、腟の位置を自分で把握し、挿入の方向を体で覚えることができます。座位の姿勢は女性が自分でコントロールしやすいんです。脱力を心がけ、自分のペースでゆっくりと行います」(池下先生)

■夫とセックスできるようになるまで、もうひと息!


 自宅で練習する際、妻がダイレーターを挿入するトレーニングの様子を夫に見せてあげる。

「『腟の場所がわからない』という男性が少なくないので、『腟の入口はここ。ここから挿入する』と教えてあげます」(池下先生)

 そして次の段階で、夫にダイレーターを挿入してもらう。ダイレーターを妻の腟内に挿入する方向や、出したり入れたりの力の加減を練習すると、実際のセックスにつながりやすいのだ。

「童貞の方は、自分で挿入することができずにいるため、まずはダイレーターを疑似ペニスに見立てて、パートナーである女性の体を支えてあげながら、挿入の方向を練習してもらいます。夫側がダイレーターの挿入に慣れてきたら、実際に、ペニスの挿入にチャレンジしてみてもいいでしょう」(池下先生)

 最後に「痛くないセックス」のための大切なポイントを池下先生から伝授してもらった。

「性交時の痛みがイヤだから、セックスしたくない」という人の場合、多くは、挿入時に腟口の両脇にある小陰唇・大陰唇というヒダを巻き込んでしまっているのが原因だという。

「私は日ごろから、挿入前に『がま口を開けるように、腟の両脇のひだをしっかりと開いて』と患者さんたちに伝えています。大陰唇・小陰唇を巻き込まれなければ、痛みが軽減すると思いますよ。パートナーにもぜひ伝えてあげてください」。(池下先生)

 また、もう一つ重要なのは、肩やひざなど全身の力を抜いて脱力すること。体に力が入ってしまうと腟の筋肉にも力が入り、挿入時にダイレーターやペニスを押し返してしまって痛み出やすくなる。フーっと息を吐いて、脱力を心がけることが肝心だ。

「性の問題というのは、目を背けてやり過ごすことができません。片方だけが悩む問題ではなく、夫婦やパートナーと話し合っていかなくては。挿入することだけにとらわれずに、2人で手をつないで散歩したり、ハグしたり、キスしたり。セックスって、お互いを大切に思う気持ちの延長線上にあるものだと思うので、スキンシップを通して幸福感を感じる時間を大切にしてほしいですね」(池下先生)

 未完成婚を克服するには、女性の体と心について精通している専門医のレクチャー、そして、マンツーマンのトレーニングが欠かせない。困ったときには夫婦2人だけで抱え込まず、医療機関に相談してみよう。(取材・文 スローマリッジ取材班 大石久恵)

池下育子(いけしたいくこ)いけした女性クリニック院長。産婦人科医。帝京大学医学部卒業後、帝京大学麻酔学教室助手、国立小児病院麻酔科を経て、東京都立築地産院産婦人科に勤務。1991年、同産院医長に。1992年に池下レディースクリニック銀座を開業。2012年より医院名をいけした女性クリニックに改称し、現在に至る。「女性のコンビニエンス医療」を目指すとともに、心や体、セックスのこと、ダイエット、美容まで、トータルにサポート。「いつまでも美しくありたい」と願う女性たちを応援する医療をモットーとしている。いけした女性クリニック https://www.ikeshitaikuko.com/page1