ゼロコロナ政策を唐突に転換し、移動制限や隔離措置を大幅に緩めた中国。地方の医療体制や中国製ワクチンの有用性の問題など、備えを欠いたウィズコロナ社会移行の影響は。AERA2023年2月13日号の記事を紹介する。
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ゼロコロナ政策の幕引き後、爆発的に感染者が増えた中国。そんな状況のなかで迎えたのが、1月22日の春節(旧正月)だった。春節は中国人が大切にする祝日だ。春節をはさんだ時期には例年、帰省や旅行で大移動が起きる。今年は移動を厳しく制限してきたゼロコロナ政策から3年ぶりに解き放たれ、市民の表情は明るかった。
遼寧省瀋陽市の市場で1月19日に年越しの買い物をしていた男性(42)は、通信関連の仕事に就いているオーストリアから4年ぶりに帰国した。「こんなに早く解放されるとは思わなかった。あまりに突然だった」と言いつつ、行き来ができるようになったのを喜んだ。かたわらの妻(42)も「やっと家族みんなの団欒が戻ってきた。うれしい」と話した。
同じ日の瀋陽駅では、遼寧省大連市から帰省したIT関連の会社に勤める男性(44)が「コロナの間は移動があまりに面倒だった。3年ぶりに家に帰れるのはうれしくて仕方ない」と笑みを浮かべた。
各地の観光地もにぎわった。文化旅行省によると、1月21〜27日の連休に国内を旅行したのは3億800万人で、19年の9割近くまで回復した。
こうして人々がゼロコロナ前の日常を取り戻していく一方で、心配されたのが農村部での感染拡大だった。大規模な人の移動によってウイルスが広がり、医療体制が整っていない地域で死者や重症者が増えるのではないかという懸念が強まった。
今のところ、春節期間に感染者が急増したという情報はない。「発熱外来の受診者は昨年12月23日に286万7千人にのぼったが、今年1月23日には11万人まで減った」といった情報発信には、感染拡大のピークは過ぎたという当局側のメッセージが込められている。衛生当局の報道官は1月30日の会見で、「全国的に感染状況は低いレベルに入った」と述べた。
だが、実態はよく見えない。
ゼロコロナ政策の緩和後の昨年12月8日以降、今年1月26日までの死者数は計7万8960人だと発表された。1月20〜26日の死者数は6364人で、前の週からほぼ半減したという。
ただ、当局は「医療機関で死亡した人」と限定して死者数を公表している。自宅などで死亡した人は含めておらず、コロナに感染して亡くなった人が一体どれだけいるのか、全体像は不明なままだ。
■経済回復に焦り
中国で1月17日に発表された2022年の国内総生産(GDP、速報値)は、実質成長率が3.0%にとどまった。21年の8.4%から減速し、習政権が設定した22年の目標である5.5%前後を大きく下回った。ゼロコロナ政策による混乱で企業の生産がストップしたり、市民の消費意欲がそがれたりしたことが響いた。
在日中国大使館は1月29日、日本人向けの一般ビザの発給を同日から再開すると発表した。中国からの入国者への水際対策を強化した日本への対抗措置として、1月10日から一時停止していた。中国側は「差別的で非科学的、行きすぎた措置だ」と日本の対応に反発していたが、再開の理由を明かさないままビザの発給を始めた。
低迷する経済を回復させるため、ビジネス関係者らの往来を正常化させたい思惑があるとの見方が出ている。
習政権は3年間の厳格なコロナ対策を「正しい選択だった」とアピールしながら、「ゼロコロナ後」の経済回復を急いでいる。その一方で、昨年11月下旬に各地で起きたゼロコロナ政策への抗議活動に参加した若者らを水面下で拘束している模様だ。
自由にものが言えないことへの抗議の意思を示す白い紙が掲げられ、「白紙運動」と呼ばれる抗議活動は、ゼロコロナ政策を転換する一つのきっかけとなった。一部では習氏の退陣を求める声も上がった。
抗議に参加した女性(26)が連行される前に撮影したという動画が1月中旬、ユーチューブなどに公開された。北京の出版社に勤める女性は「私たちはいわれもなく消されたくない」と語り、助けを求めた。動画によると、12月以降、この女性を含む13人が消息を絶った。
ゼロコロナ政策とその突然の幕引きが、この国に何をもたらしたのか。見えてくるのはこれからだ。(朝日新聞瀋陽支局長・金順姫)
※AERA 2023年2月13日号より抜粋