最難関とされる東京大学には、世帯年収が高い家庭出身の学生が多いと言われる。なぜそうなるのか。AERA 2023年3月6日号の記事を紹介する。
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東京大学卒業生の李炯植(りひょんしぎ)さん(32)は、大学の入学式の光景をよく覚えている。
通っていた兵庫県の高校から東大に現役合格したのは、自分が初めて。知り合いは一人もいなかった。一方で、「よう!」と親しげにあいさつし合う人たちがいた。東大に何十人も入る難関校卒業の学生たちだった。
彼らは雰囲気も違った。いい服を着ていたり、親のクレジットカードで買い物をしたり。
「東大には家庭環境が厳しい人もいましたが、圧倒的大多数は親御さんが大企業で働いて世帯年収が高い家庭の人でした」
李さんはそう振り返る。小学生の頃から習い事をして、私立中高に通いながら複数の塾に行っていた学生が多かったという。
「彼らはスタートラインの時点で、かなり優遇されていたと思います」
問題意識を持った李さんはNPO法人「Learning for All」(ラーニング・フォー・オール)の代表理事として、無償の学習支援など子どもの貧困問題に取り組んでいる。同法人は東京都や埼玉、茨城、兵庫県で学習拠点や居場所、子ども食堂を運営する。
■上位20校中15校が私立
裕福な家庭で育てば、東大進学に有利なのだろうか。
東大合格者数の高校ランキング(2022年)上位20校を見ると、15校が私立で全て中高一貫校だ。東大学生委員会が21年3月に実施した学生生活実態調査によると、「東大生を支える世帯年収」が1050万円以上と答えた学生は42.5%に上る(学部生全員が対象の調査。回答者は東大生の12.6%にあたる約1700人。そのうち「わからない」と回答した学生を除く)。データからも、東大には経済的に恵まれた家庭出身の学生が多いことがわかる。
『教育格差』(ちくま新書)を著した教育社会学者の龍谷大学・松岡亮二准教授は言う。
「教育格差とは、どのような家庭や地域に生まれたかという初期条件によって教育の結果である学力や最終学歴に差がある傾向を指します」
例えば、親の年収や学歴が低いなど社会経済的に恵まれない家庭の子どもは、大学進学率が低い高校に進む傾向があることがわかっている。
ただ、大学進学者に限定したうえで東大に進む人の家庭の層を明確につかむのは難しいという。
「東大に行く人と行かない人の違いは、高校より手前の小中学校で既にあると考えられます。そこには家庭の社会経済的地位による格差、それと大きく重なる出身地域の格差、それに性別による格差があります」(松岡さん)
付属の小中学校から内部進学できる有名私大に比べ、東大は受験しなければ入れない。しかも、国立なので私立に比べれば授業料の負担は軽い。そういった意味で、東大の門戸は広いと言える。
■年収800万円は必要
だが、東大受験の準備ができるかどうかという問題は残る。同級生が東大に進学しない高校では、そもそも東大を目指そうと思わないかもしれない。公立校でも東大合格に力を入れる学校であれば、東大を目指したいと思うようになるかもしれない。
さらに多くの東大合格者を出す私立中高一貫校ならどうだろうか。中学受験カウンセラーの石田達人さんは言う。
「先取り学習をして高校の内容を高2で終え、高3の1年間を受験勉強にあてます。東大受験に中高一貫校は有利でしょう」
ただ、学費の負担が大きい。
「中学受験して進学させられるのは、特定の家庭の子どもだけだと思います」(石田さん)
石田さんの推計では、首都圏の大手学習塾にかかる小学6年生の年間費用は、90万〜120万円。塾に通う児童が増える小学4年から3年間の費用は、夏季講習代などを含めて計250万円とみられる。
ちなみに、小学校から大学まで公立なら教育費は約1千万円。一方、中学校から大学まで私立なら約1700万円、小学校から大学まで私立なら約2520万円かかるという。石田さんはこう指摘する。
「年収が800万円ないと、子ども1人を中高一貫校に送り出すのも難しいでしょう」
実際、文部科学省の調査によると、私立中学に通う生徒の世帯年収は800万円以上が74%を占める。
■第3次中学受験ブーム
しかも、石田さんによると、塾通いは低年齢化しているという。つまり、教育にかかる費用がさらに増えるということだ。
「ある塾では、小学1年から入る児童数が前年同期比の1.8倍です。今、第3次中学受験ブームが起きています」
今春の首都圏の中学入試の受験者数は6万6500人で、過去最多となった。(編集部・井上有紀子)
※AERA 2023年3月6日号より抜粋