親のためにも子どものためにも、いつかは必ず着手せねばならない実家の片付け。しかし考えなしに手をつけると、親と揉めたりトラブルが発生したりと、意外な落とし穴も多い。失敗しない実家の片付けとは。短期連載でお伝えする。
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「散らかった実家を片付けたいけれど、いったい何から手をつけていいのやら……」
実家から車で1時間ほどの場所で夫と暮らす、千葉県在住のスミエさん(58)。目下の悩みのタネが、80歳(父)と77歳(母)の両親が暮らす実家の片付けだ。両親はそれぞれ、高齢なりの身体の不調を抱えてはいるものの、自宅で元気に暮らしていた。
ところが昨秋から、父の持病が悪化し、入退院を繰り返す日々がスタート。時を同じくして認知症の症状も見られ始め、スミエさんは「施設に入ってもらう日も、そう遠くないかもしれない」と考え始めている。
そうなってくると途端に気がかりになるのが、実家の今後についてだ。もし父が施設に入ったら、母が一人で実家に住むことになるが、母は「寂しいし、一人でいるのも不安だから、私もどこかの施設に入ろうかしら」とこぼしている。スミエさん宅で母を引き取ることも考えてはいるが、「“お荷物”になるより、施設で同世代と交流できたほうが楽しそう」というのが母の考えだ。
ならば、実家の今後は──。実家はとにかく物が多く、探し物を見つけるのも一苦労な状態。廊下や階段にも、物がぎっしりと積み上げられ、通路をすり抜けるのにもコツがいる。荷物置き場と化した部屋が3部屋もあり、中を見るのも恐ろしいのが本音だ。両親には再三、「危険だから片付けたほうがいい」「物を捨てよう」と促してきたが、聞く耳を持たぬままここまできてしまった。
「両親の状態や年齢を考えたら、私が手伝って何とか片付けるしかない。少なくとも母が実家にいるうちに……」(スミエさん)
高齢化が進み、終活や空き家問題などが取り沙汰されて久しい今、スミエさんのように実家の片付けに悩む人が増えている。断捨離や片付けがブームになっている時代だが、同じ「片付け」であっても、自分の家と実家とは、進め方や取り組み方が大きく変わってくる。
「私の元に相談に来られる方の多くが、自分の家の片付けと同じやり方をして、実家の片付けに失敗した方々です」
こう話すのは、実家片づけアドバイザーとして活躍する渡部亜矢さん(実家片づけ整理協会代表理事)。なぜ実家の片付けで失敗を招いてしまうのか。それは「自分の家の片付けと実家の片付けは、ゴールが違うことを認識しないまま進めてしまうから」だという。
「自分の家を片付けるゴールは、奇麗にすることであり、楽に家事ができること。一方、実家の片付けのゴールは、『親が安心・安全・健康に暮らせる家』。特に重要なのが、親の家の主は親で、子どもではないということ。実家の片付けは、あくまで親が主体の片付けなのです」(渡部さん)
高齢になると部屋が散らかりがちになる傾向もある。体力の低下や、新しいものを取り入れたがらなくなる価値観の固定化に加え、世帯人数の変化も要因の一つだ。子どもを含めた家族での生活から夫婦二人の生活になり、最終的には一人の生活へと、世帯人数が変化していく。そうなると、例えば鍋一つとっても、ファミリーサイズを使っていたのが、子どもが家を出た後に夫婦二人用の鍋を買い、その後は一人用の鍋を買う。これまで買った鍋は処分しないまま、物が増えていくという構図だ。
「今の70代、80代は、物があるのが豊かさの象徴という時代を生きた世代で、物を捨てることに罪悪感を抱く人が多い、いわば“もったいない世代”。複数の部屋がある戸建てに住んでいても、ほとんどの部屋が物置と化し、暮らしのスペースとして機能しているのは一部屋だけ、というお宅もたくさん見てきました」(同)
■スッキリ片付けすぎないもコツ
とはいえ、「面倒だから……」「片付けが苦手」と後回しにしてしまう人は多い。しかし、渡部さんは「親が60歳になったら、たとえ元気でも実家の片付けを手伝ったほうがいい」と強調する。なぜなら、これからの生活を健康で元気に暮らすためにも、片付けたほうがメリットが多いからだ。
「片付けることで、室内の転倒防止はもちろんのこと、“何がどこにあるか”と決めておくことで、いざ介護になったときにもあわてなくて済むし、相続に対する不安も解消されます。実家に誰も住まなくなり、売るか貸すか手放すかの選択を迫られるときにも、少しでも物がないほうがいい。むしろ片付けないことによるリスクは、高齢になるほどに高まるとも言えます」(同)
片付けに取りかかる前に注意しておきたいのが、次の3点だ。
【1】スッキリ片付けすぎない
【2】正論より習慣を優先する
【3】ゴール設定を共有する
それぞれ、順を追って説明しよう。
まず【1】について。物に囲まれた生活が豊かだった時代を生きた親世代にとっては、物を減らす=不安につながる。
たとえ物があふれていても親自身は困っておらず、物を減らして不安を増やしてまで、スッキリした家に住みたいとは思っていない場合も多い。あれこれ捨てて、「スッキリさっぱり!」と思うのは、実は子どもだけということもある。
「片付け終わった子どもたちが、実家からいなくなった後、スッキリした家に残された親が寂しさを感じ、また新たに物を買ってしまう。この心理こそが、片付けてもリバウンドしてしまう原因です」(同)
日本初の片づけヘルパーで、介護福祉士の経験を片付けに生かしている永井美穂さんの元には、子ども世代から「実家が思いどおりにならないのですが、どうしたらいいですか?」という質問が多く寄せられている。
■捨てるよりも使いやすくする
しかし子どもが言う“思いどおり”が、必ずしも親のためになるとは限らない。高齢世代は、周りが亡くなっていったり、体力が低下したりと、さまざまな喪失感を抱えているもの。まるでそれを補うかのように、周りに物を置きたがる傾向も見られる。
「実家を片付けてほしいと思っているのは、実は子どもだけで、多くの親は別に片付けたいと思っているわけではありません。一日のうちで一番長くいる場所に必要なものを集めておけば、いちいち移動しなくて済むし、親にとっては快適な空間。『どうしてここに使わないものが置いてあるの?』と子どもが思っても、それは親にとっては余計なことなのです」(永井さん)
片付けの第一歩は「捨てる」ことをメインに考えるのではなく、「使いやすい状態にする」のを優先させること。例えば日頃よく使うものが出しづらい位置にないか、定位置が決まっているかを確認し、使いやすさを考えた整理をする。
「物の順番を入れ替えるだけで、劇的に使いやすくなることがあります。必ずしも捨てることにこだわらなくても、置き場所さえ変えれば片付く場合も多い」(同)
また、認知症になると、家具の配置や壁のシミなどで自分の家を認識していることもある。そのため、家具の配置を変えたり、勝手に処分したりすることで、親が戸惑ったり、かえって生活しづらくなる場合もある。
「親が自分なりに住みやすいようにしていた空間を、必要以上に崩す必要はありません。また親に無断で物を捨てるのもNG。一見、使っていなそうな物であっても、親にとっては大事な思い出が詰まった物という場合もあります。捨てるときは必ず確認してからにしてください」(同)
次に、【2】について。
「親には、正論も理屈も通用しないということを肝に銘じておくのをお勧めします」とは、前出の渡部さん。「こうしたほうが便利」「この置き方のほうが効率的」など、子ども世代が自分たちの理論で正しいと思うことは、ほとんど通用しないと思っておいたほうが良い。それが子どもから見てどんなに不便なことでも、親にしてみれば、過去何十年とそうやってきたという経験に裏打ちされたもの。親の習慣を優先して片付けることが前提だ。
「勘違いをしてはいけないのが、親の家は親の家であって、子どもの家ではないということ。親が生きているうちは、親のための片付けにほかならないのです。そのため自分本位で片付けるのではなく、あくまで親ファーストで考えること。自分がやりたい片付けをやるのではなく、親が過ごしやすい空間に整えるのが大切です」(永井さん)
最後に【3】。ゴールを共有することは、実家の片付けを成功させるか、失敗に終わるかを握るカギにもなる。失敗を避けるためには、まずは「親が安心・安全・健康に暮らせる家」が、「奇麗にスッキリ片付いている家ではない」という認識を持つこと。高齢者の片付けは、“奇麗さ”を優先させるのではなく、ケガや転倒を防ぐ片付けを目指したほうが良い。その上で、「健康で長生きしてほしいから、そのために片付けよう」「このままじゃ危ないから、一緒に防災のことを考えて片付けよう」などと親世代に伝え、共通のゴールを目指す。
このように、親に片付けを促す際の声がけにもコツがある。言い方を間違えるとケンカにつながり、うまく物事が進みにくくなるので要注意だ。
【親に言ってはいけないNGワード】
1.片付けて! 片付けるよ/捨てるよ
2.どうせ使わないんでしょ? どうせ着ないんでしょ?
3.いつか使うって、いつ?
4.汚い
5.古すぎ
6.なにこれ!
7.物が多すぎ
8.なんでこんなもの取っておくの!
9.荷物を残されて困るのは私なんだから
10.いつもこうなんだから
11.私の言うとおりにしてよ
12.前は片付けられたのに
13.こんなのいらないでしょ
上の一覧は、口にすると片付けがうまく進まなくなるNGワード。子ども側からすれば、“ついつい言ってしまいがちな言葉シリーズ”なのだが、悪気がなく言った言葉でも、言われた親にしてみれば、人格や積み上げてきたものを否定されたように感じてしまうことがある。
「大切なのは、“説得”ではなく“納得”するようにどう持っていくか。そのためには、子どものメリットではなく、親のメリットを考えて声をかけること。例えば、『片付けて!』と子どもから言われると、親はカチンときて、素直に聞けないもの。一方的に伝えるのではなく、親には健康で安全に暮らしてほしい、片付いていないと転倒やケガの恐れがあり心配、物がどこにあるかわからないと探し物が増えて困るのではないかなど、“親のことが心配”という気持ちをうまく伝えて」(同)
■寂しさや不安で物をため込む
あわせてポイントになるのが、自己肯定感を上げる話し方。これは片づけヘルパーである永井さんが、片付けの現場に入る際にも実践しているコツだ。
例えば、子どもが実家の片付けを依頼し、子どもが親を説得するような形で、現場でのすり合わせがスタートする場合。永井さんは親に対し、「お母さんが困ってなくて、元気だったら今のままでもいいと思いますよ。お子さん、あんなことおっしゃっていますが、なかなか厳しいですね〜」と寄り添いながら、さりげなく水を向ける。「あなたが悪いわけじゃない。大丈夫ですよ」という姿勢で寄り添うのだ。すると親が「いや、実は私も散らかっているとは感じていて、困っているんです」となるケースも多いという。
「これは片付けられない人全般に共通することですが、多くの場合、片付けられないわけでも、片付け方を知らないわけでもない。ただどこかに寂しさを抱えていて、自己肯定感が低い傾向があります。その不安感が物をため込む動きにつながることが多い」(同)
その自己肯定感も、片付けによって上げることができる。「片付ける必要がない」と口では言っている親でも、心のうちでは実は片付けたいと思っている場合もある。
「部屋が片付いていれば、自然と自己肯定感が上がりやすい。家が片付いたら元気になる人が多いですが、それは片付いたから元気になるのではなく、片付けられる自分に対して自己肯定感が上がって元気になるのです。そうした意味も含めて、片付いた部屋にいるのは、散らかった部屋の中にいるときより、心身ともに良い状態で過ごせることが多い」(同)
いろんな世代の片付けを見てきた永井さんいわく、「一度“片付けスイッチ”が入ったら、若い世代より高齢者のほうが片付くスピードが速い」。なぜなら、使う物と使わない物がはっきりしていることが多いから。いざ片付け始めたら、思ったより早く片付くことも多いという。
次回は片付け本番、実践に使えるコツやポイントを紹介する。(フリーランス記者・松岡かすみ)
※週刊朝日 2023年3月10日号