
都内にある人気ラーメン店で、客が「背脂多め」で注文したところ、説明がないまま背脂代として100円を請求された一件がSNSで炎上した。これと似た話では、居酒屋の「お通し代」をめぐって外国人観光客が店とトラブルになった事例もある。果たして、こうした明確な事前説明がない飲食代請求はアリなのか。
飲食業向けの法務を扱い、自らも焼き肉店を経営する石崎冬貴弁護士によると、飲食店であっても客と店側との間では「契約」が成立しているという。
客は頼んだメニューを食べる権利があり、その代金を支払う義務を負う。店側は客が注文したメニューを提供する義務があり、そのお金をもらう権利がある。飲食店で食事をするときにいちいち考える人は少ないだろうが、毎回、双方が契約を結んでいるのだ。
■「黙示の合意」とは?
ただ、ここで石崎弁護士がポイントに挙げるのが「黙示の合意」である。
「黙っていても、契約が成立することがあるのです」
例えば、コンビニのレジに商品を持っていった際、「これを買います」などと口頭で意思表示はしない。大半の客は黙って商品をレジに持っていくはずだ。そして、店側も黙って会計をし、これで売買契約は成立している。
「社会通念上、その行為がどう受け取られるのか。共通認識があったといえるのか、という点が重要になります」(石崎弁護士)
では、お通しについてはどうなのか。300円程度のお通しであっても客にとっては、食べたいと希望して出されるものではないことは確かだ。
コロナ禍前のインバウンド需要が高かった時期には、特に外国人観光客がお通し代をめぐって「頼んでいないのにお金を請求されている」などとトラブルになるケースもあった。
石崎弁護士は、
「日本の居酒屋ではお酒を注文すると、お通しが出てきて、その代金を請求されることが一般的です。酒には『あて』が必要ですが、料理を作るには時間がかかるため、1杯目の『あて』としてお通しを出す。居酒屋とはこういうものだ、という暗黙の了解がありますので契約は成立しているといってよいでしょう」
と解説する。
もちろん、客がお通しを断ることはできるが、店側が「席料」の中にお通し代を含めている場合は請求額は変わらない。また、お通し不要とする客の入店を、店側が断ることも可能だ。
■説明が必要なケースは
ただ、お通し代は店によって違う。その代金についても合意があったといえるのだろうか。
石崎弁護士は「一般的には、お通し代は300〜500円程度です。店も客も、その範囲で合意していると言えるでしょう。逆に、例えば大衆居酒屋で1000円を超えるようなお通し代を請求された場合は、合意があったとは言いにくいと思います」と話す。
また、とある都内の立ち飲み屋では、開店から午後7時までを「ハッピータイム」として酒を安く出していたが、お通しを断った客に対しては、ハッピータイム料金を適用しない方式を取っていた。
「この場合、客側は看板などを見てハッピータイムの料金が適用されると思って酒を頼んでいるでしょうから、店側は、お通しを断ったら料金が高くなることをしっかりと明示するか、言われた時点で客に対し説明する必要があります」(石崎弁護士)
やはり明示が大切なのだ。
だが、議論になった「背脂増量」のケースは判断が非常に難しいという。
ラーメン店で、卓上にある醤油や一味などの調味料を無料で利用できるのは、疑いの余地がない共通認識だろう。
「では、背脂についての共通認識はどうか」と石崎弁護士は疑問を口にする。
背脂の増量が無料のラーメン店もある。そうした店はそのサービスを明示しているものの、利用した客がラーメン店の背脂増しはタダなんだと思い込んでしまうのもない話ではない。一方で、背脂の価格高騰が報じられている昨今、店には店の経営姿勢や事情がある。
■「チャーシュー増量」は有料が共通認識
「チャーシューを増量してと言った場合は、それは有料ですよね、というのが共通の認識だと思います。その点、背脂はボーダーライン上でしょうか。個人的には、背脂は調味料とは違いますし、背脂(豚)の価格が上がっている状況でもありますから、無料が共通認識だとは言い切れないと思います」(石崎弁護士)
石崎弁護士は、ラーメン店側が客に有料だと伝えるべきだったと指摘し、こう話す。
「外国人や、日本人でも若い人たちには、お通しの作法は理解されないと思います。席料やチップだと明示した方がよほど分かりやすいですよね。トラブルを避けるためには客に明示するか、あるいは外国人にはお通しを出さないようにするか。あいまいなものを極力、店側が排除していく必要があります。また、客側も不安を感じたらすぐに料金を確認することが大切だと思います」
黙って相手の理解を期待するより、分かりやすいコミュニケーションを図ることが、一番なのだろう。
(AERA dot.編集部・國府田英之)