世界にはばたいた“クールジャパン“が今夏、日本に逆上陸する。7月15日公開の映画「パワーレンジャー」は、20年以上、アメリカで戦い続けてきた“アメリカ版スーパー戦隊“だ。ロングヒットを続けるまでに成長した秘訣をひもとく。今回は、シリーズ育ての親であるハイム・サバン氏と、東映の“戦隊マイスター”である鈴木武幸顧問の特別対談を紹介する。

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ハイム・サバン:初めてスーパー戦隊を見たときのことは鮮明に覚えていますよ。仕事で東京に来ていて、ホテルの部屋でテレビを見ていると、全身タイツを着た5人のヒーローたちが目に飛び込んできた。一瞬で釘付けになり、すぐに東映と国際放映権の交渉を試みましたが、頭のおかしな外国人だと思われて相手にしてもらえなかった(笑)。

鈴木武幸:ドラマ部分は、現地の俳優を使ったアメリカ版に作り替え、お金がかかる変身後の戦闘シーンは、日本の映像をそのまま使うという奇抜なローカライズ案を聞いたときは、正直、ちょっと虫がよすぎる話なのでは?と思いました(笑)。

サバン:海外展開のパートナーとして、私がふさわしい相手であるということを証明する必要がありましたね。

鈴木:出会ってから少し経った頃、ステーキ屋で食事をしながら、スーパー戦隊の歴代の主題歌をアカペラで歌ってくれましたよね。「鳥人戦隊ジェットマン」なんかを10曲くらい! あれでイメージが変わりました。この人はスーパー戦隊をちゃんと理解して愛してくれているんだなあと。

サバン:戦闘シーンをまねて床の上を転がってみせたりと、とにかく大好きなんだ!ということを信じてもらいたかった。最終的に私の熱意が伝わって、「超電子バイオマン」51話分の権利を売ってもらうことができました。

鈴木:初めてパワーレンジャーを見たときは、高校生がゴミ箱に頭から突っ込んで足をバタバタさせるギャグシーンが意外でした。でも、基本的な精神を変えずに作られていたし、気にならなかったです。

サバン:アメリカの子どもに受け入れられるようにコメディーを取り入れたハイスクールドラマ仕立てにしました。

鈴木:譲れなかったのは、戦士が“名乗り”を上げるシーン。日本の武士は、戦場などで自分の氏名などを声高に敵に告げます。しかし、当時のディレクターに「アメリカはウェスタンの国だし、名乗る前に撃たれてしまう」と言われました(笑)。でも、武士が決闘の際に名乗る時代劇の名残だから、絶対に外せないと説得しました。

サバン:シリーズに揺るぎない精神があるからこそ、ブランドを守りながら拡大していくことができるんですよ。

鈴木:転換期と呼ぶほど急激な変化はなかったけれど、常に変化していくぞ、という気持ちはありました。バイオマンでは、女性戦士を5人中2人にしました。きっかけはファンの女の子からの手紙でした。「いつもピンクのピンチをレッドが救うけれど、なんでレッドのピンチをピンクが助けることがないのですか」と。頭をガーンと殴られた気がしました。

サバン:確かに、スーパー戦隊シリーズは、女性戦士をいち早く取り入れました。

鈴木:つい男性優先になってしまっていたんですね。スポンサーから女性5人もありじゃないかという声が聞こえてきたほど。実は、これが「プリキュア」シリーズのヒントになったと聞いています。

(構成/ライター・三橋ゆか里)

※AERA 2017年7月24日号