落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「補習」。

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 中学の時、私は勉強ができるほうだった。常に学年で3番くらい。熱心にやらなくてもなんとなく成績がいいという。

 調子に乗ってそこそこな進学校を受験したら、やっぱりなんとなく合格してしまった。

 高校ではラグビー部に入った。まー、練習がきつい。帰宅してもくたくたで勉強なんて手に付かないのだが、「勉強する時間がない!」と言いわけができるので「なんかこっちのほうが楽だな……」と思うようになった。

 つまり、私は勉強が好きじゃなかった。なんとなくできたので好きなのかと思ってたけど。

 最初の1学期中間テストで450人中250番くらい。1学期の期末テストは400番くらい。勉強しないからまっ逆さまに成績が落ちていく。

 0点というものはフィクションの世界だと思ってたが、見事に数学のテストでとれてしまった。白紙ではなく、すべて書き込んだ上での0点。正真正銘、実力で手にした0点だ。0点ってけっこう爽快感ありますよ。

 夏休みに数学の補習授業があるという。我が校の補習とは「学校中のバカ集まってこい。さもなくば留年させるぞ」的なイベントである。ラグビー部の先生はおっかなかった。いまだにあんな怖い大人は会ったことがない。まだ夢に出るし。

 補習の選抜組に入ったなんてことが顧問に知れたら大変だ。

 補習に参加=部活を休まねばならない。休んだら殺されるかもしれない。大袈裟かな? それくらいの迫力と恐怖を感じさせる先生だった。

 死ぬのは嫌だ。勉強もしたくない。だから補習には行かず部活へ行く。留年するかもしれないが、死ぬよりはいい。いや、絶対殺したりしないだろうけど。いや、わからない。

 ただ夏休み中のラグビー部の練習だ。炎天下、暑い・きつい・長い。トラックのゴムタイヤを横倒しにして、低い姿勢で延々と押し続ける……というトレーニングがあった。おそらく足腰を鍛える目的なんだろう。

 汗をかく、砂ぼこりが舞う、顔にくっつく。足と腕はパンパン。頭はクラクラ。目の前は真っ白。もうダメだ。部活に出てるのに、私は死にそうになっていた。その時、数学のI先生が、

「おーいっ!! ラグビー部っ!! 1年の川上いないかーっ!?」

 と駆け出してきた。

「……ヤバイ」

 意識朦朧(もうろう)のなか、分厚いタイヤに顔を隠しながら、フラフラと押し続ける。

「あいつ、今日休みですよ!!」

 I先生に嘘をついてくれる部活の同級生たち。I先生はぶつぶつ言いながら校舎に戻った。

 入れ替わりに部活の顧問が校舎からこちらへ歩いてきた。

「会話があるとマズい!!」

 とビクビクしていたが、何事もなかったようす。

 ホッとした瞬間、意識が途切れて気がつくと夕方。私は木陰で横になっていた。

 24年前の夏、そんなことがあった。結局、ラグビー部はつらくて1年で退部。成績も3年生の頃には443番まで下がった。下に7人。そのうち3人は不登校だ。今の私には、数学もラグビーも、なーんの関わりも、思い入れもないが、「無駄なことしてたな」とは思わない。「やらなくてもいいことしてたな……」とは思うけど。

 わかったのは「水分補給は大切」ということ。

※週刊朝日  2017年8月4日号