宮崎駿、高畑勲、鈴木敏夫のもとで育ったスタジオジブリの後継者たちが、映画を完成させた。現在公開中の独立後第1作「メアリと魔女の花」だ。ジブリ制作部門の解散から3年。いま、「ポストジブリ」時代の扉が開いた。

 スタジオポノックという聞き慣れない名前のスタジオが制作した長編アニメーション映画「メアリと魔女の花」が、全国で公開中だ。



 監督は、宮崎駿(76)を師匠と仰ぐ米林宏昌(44)。プロデューサーは、鈴木敏夫(68)のもとで学んだ西村義明(39)。スタジオジブリが制作部門を解散した後に同社を退社した2人が立ち上げたのが、新たなアニメーション映画制作スタジオ「スタジオポノック」だ。彼らが初めて完成させたのが、この作品。

 原作は、英国人作家メアリー・スチュアートの児童文学『The Little Broomstick(メアリと魔女の花)』。森の中で「魔女の花」を見つけた少女が、魔法のほうきで魔女の学校に導かれ、そこで起きるさまざまな事件に立ち向かっていく。原作はこれをわずか1日の出来事として描くが、映画では2日弱の物語へと「延長」されている。

 監督の米林は言う。

「普通の女の子が、かりそめの魔女の力を得る。しかし、また普通の女の子に戻ってしまった時に何ができるのか。そこが一番面白いと思った」

 原作を提案したプロデューサーの西村も、こう応じた。

「才能のある人間の映画をつくりたくなかった。魔法という才能を持つ人間の悩みや苦しみではなく、何も持っていない人間を描くべきだと思った。だって、僕たちは誰もが力のない人間なんだから。絶対に魔法使いから始まってはいけないし、最後も魔女で終わってはいけなかった」

●新しさを感じさせる

 魔女、ふたたび。

 このキャッチコピーから、スタジオジブリの「魔女の宅急便」(1989年)を連想した人も多い。「失われた魔法の力を徐々に回復する」という「魔女の宅急便」とは正反対の物語設定だが、それでも「ジブリ色」は強い。「天空の城ラピュタ」(86年)や「もののけ姫」(97年)、「千と千尋の神隠し」(2001年)など、宮崎作品を思い起こさせる場面が随所に現れる。

 米林は、

「意識して入れたわけではない。ファンタジー作品ならよく出てくるモチーフばかり」

 としつつ、こう話す。

「みなさんが宮崎作品をよく観ているということなのでしょう。僕も宮崎監督から学んだことは多い。それが自然ににじみ出てくるのだと思う」

 一方で、「アクションシーンが得意」という米林の持ち味が前面に出た、「新しさ」を感じさせる作品でもある。「覚悟を示す意味で一番頭に持ってきた」という導入シーンでは、いきなり建物が炎上し、魔法を使った空中戦が目まぐるしく繰り広げられる。その激しさは、単なる「ジブリ後継者」ではない、米林独自の作品であることを強くアピールしている。

 米林は今回の作品をつくる際、師・宮崎に「覚悟をもってやれ」と声を掛けられた。米林は、これで気を引き締め直したという。

「ジブリで過ごした20年の経験は自然と出てくるが、自分の色も必ず出る。子どもに喜んでもらえる作品をつくるには、すごく覚悟がいるんだということを、ジブリで作品をつくりながら感じてきた。ジブリで当たり前にやってきたことを受け継ぎつつ、独自の色が混ざり合って進化していくものだと思う」

 ジブリから受け継いだものの一つに、世界的に「美しい」と評価される背景美術がある。「作品の品格は美術で決まる」として、背景美術を重要視するプロデューサーの西村が、ポノック第1作の美術監督に選んだのが久保友孝(31)だ。高畑勲(81)の「かぐや姫の物語」などにかかわってきた久保が、長編アニメの美術監督を務めるのは初めてだった。

●手描きの伝統が効果的

 久保の光の描き方は独特。メアリの物語が繰り広げられる2日弱という時間を、移り変わる背景の光の加減や色使いなどで見事に表現している。

「安定したベテランの美術監督ではなく、僕を誘っていただいて光栄です」

 と話す久保の哲学も独特だ。

 目指すのは、「キャラクターと背景が融合、調和した世界観の提供」だが、

「背景美術が情報過多になると、見ていてストレスを感じてしまう。キャラクターに目が行く時に、背景がこっちを見てよと誘導するのはよくない」

 隅から隅までびっしり描き込む写真のような写実性に走ると、キャラクターの動きとケンカになると久保は言う。重視するのは「力を抜くところと入れるところ」の微妙なバランスだ。もちろん、背景だけのカットは、実力の見せどころになる。

 そうした融合と調和を極めるためにも、ポノックがジブリから受け継いだ「手描き」の伝統は効果的だと強調する。筆の繊維や絵の具の粒子が、より細かい描写を可能にする。

「メアリ」には、どう見ても写真にしか見えない草原の風景が、画面いっぱいに映し出される場面がある。

「これも手描き。逆に浮いてしまうくらいすごい一枚で、持っていかれた感があった」

 と久保。描いたのは、長年ジブリの背景にかかわってきた男鹿和雄(65)だ。久保曰く、男鹿は「特別な人」。その男鹿が美術監督を務めた「となりのトトロ」(88年)と「平成狸合戦ぽんぽこ」(94年)に、久保の目指す背景美術がある。

「情報量は多くないのに、すごく密度を感じる。ぎちぎちに描きすぎていないから世界観が柔らかい。見ていて気持ちがいい」

●誇りをもって描けば

 今回の作品では、「夜間飛行」と呼ばれる魔女の花が大きな存在感を示す。その色使いは毒々しくかつ幻想的で、観る者を引きつける。米林の求めで久保の美術チームが生み出した色で、夜間飛行にかかわる場面以外では同じ色を極力使わないなどの細かい演出もある。描いた背景カットは1千枚超。ジブリでの制作経験がない人も含め、美術チームの総力の結晶だ。

「これまでは、ジブリだからこそできたクオリティーもあるが、『アニメ=ジブリ』ではない。あくまで代表格としてジブリがあって、日本のアニメ全体が盛り上がればいいのでは」

 と久保。日本アニメ全体の背景美術が評価されるよう、今後も追求を続けていくという。

 スタジオジブリが制作部門を解散した後も、「映画を作り続けたい」と言う米林に、プロデューサーの西村が「現場をつくる」と約束して設立されたスタジオポノック。その第1作目となった「メアリ」の制作に、スタジオジブリは全く関与していない。それでも、常に「ジブリ作品」と言われることに、内心穏やかではいられないスタッフも少なくない。

 ただ、西村の信念はしっかりしている。

「設立わずか2年のポノック作品が、『絵や背景がジブリだ』と言われたら本望。ジブリ作品を作ってきた人たちが今、ここにいて、作品をつくった。ジブリで培ってきたものを全部さらけ出して作った作品が、『これは違うよ』と思われるようではいけない。自分もジブリが好きだからこそ、それを裏切ってはいけないと思う。ジブリとかポノックという冠は、映画を観る子どもには関係ないことだから」

 米林も同じ思いだ。

「ジブリと似ていると言われるからという理由だけでその表現方法を捨てるのではなく、いいものであるなら誇りをもって描いていけばいい。作品と向き合って、その時その時、よいものを作っていくべきで、表現方法が少しずつ進化していけばいいと思う」

 ジブリを巣立った後継者たちが中心になって制作した「メアリ」は、「ジブリ発、ジブリ後」の新時代を開く扉となる作品だと言っていい。

 子どもだけではなく、大人の中に眠っている童心をも呼び起こす「魔法」をジブリから受け継いだスタジオポノック。新作は、「脱ジブリ」の象徴としても、新旧のファンに受け入れられる作品になるはずだ。(文中敬称略)

(編集部・山本大輔)

※AERA 2017年7月24日号