4人の天才ピアニストが国際ピアノコンクールで奮闘する姿を描いた恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』。直木賞と本屋大賞ダブル受賞したことでも大きな話題となりました。直木賞の選考委員で作家の林真理子さんが執筆秘話を聞きました。

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林:『蜜蜂と遠雷』(2016年度下半期直木賞受賞作)は、読む前から下馬評が高くて、周りの編集者から「恩田さんしかないですよ」と言われていたんです。先入観をあんまり持たないようにしていたんですけど、読んだらほんとにおもしろくて。

恩田:ありがとうございます。

林:いろんな人に言われたでしょうけど、ピアノの演奏をあんなふうに書き分けるって至難のワザで、すごいとしか言いようがないですよ。

恩田:連載するときは、つらくてつらくて毎回途方に暮れてたんですけど、そう言っていただけると書いたかいがあります。

林:この対談でクラシックピアニストの中村紘子さんに出ていただいたことがありました。ピアノに限らず、音楽家の方とお話しするとき、「すごくよかったですね」と切り出したあと会話が続かなくて困っちゃうことがあるんです。恩田さんはご自分がお弾きになるから、いろんな感じ方をするんですか。

恩田:弾くといっても高校生ぐらいまででしたから、意識して聴くようになったのはこの本を書き始めて、取材するようになってからです。

林:中村さんのご本も参考にしたそうですね。

恩田:昔から趣味で読んでいましたけれど、まさか資料として使うようになるとは思いませんでした。
林:私も『チャイコフスキー・コンクール』とか、いろいろ拝読しましたが、すごくおもしろかったです。『蜜蜂と遠雷』は完成までに12年かかったとか。

恩田:そうなんです。モデルになった浜松国際ピアノコンクールは3年に1回なんですが、4度通ってもまだ連載が終わっていませんでした。

林:映画化の話があると聞きましたけど、難しいですよね。この作品は、文学の勝利だと思うんですが。

恩田:話はいただいているんですけどね。実際に鳴らしちゃうと、音が決まっちゃうじゃないですか。読者にいろんな音を頭の中で鳴らしてもらうという意味で、小説でしかできないことをやったつもりです。

林:恩田さんの才能はとどまることを知らずという感じですね。『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞(05年)をおとりになって、ほかの賞では人気バツグンなのに、直木賞だけはなぜか縁がなくて。

恩田:向いてないのかなと思うこともありました。

林:6回目のノミネートですよね。選考会で、「恩田さんはコンペティションに向いてないんじゃないか。自分の世界があるから、その世界について評価すること自体が間違っているんじゃないか」という声があったのを覚えています。頑丈なお城ができていて、そのお城をどう評価したらいいのか、よくわからなかった時期もあったような気がします。

恩田:そうなんですか。

林:私も選評に書きましたが、このごろ、若い作家は3、4回候補になると、「つらいので候補からはずしてください」って言うんですよね。

恩田:気持ちもわからなくはないんですが、編集者に対する賞でもあるわけじゃないですか。だから、「候補にしてくださるなら受けますよ、いくらでも」という気持ちでした。

林:“待ち会”は毎回やったんですか? 私も3回落とされたんですけど、「こんなにたくさんの人たちで待ってるから落ちるんじゃないか」と思って、3、4人で待ったこともあるんです。それでも落ちたから、もうカンケイないやと思って。

恩田:開催したりしなかったりですね。「ここで待つとゲンがいい」みたいな場所がはやった時期もありましたよね。今回はやらないつもりだったんですけど、みなさんに「やらないんですか」って言われて……。

林:何人ぐらいで待ったんですか。

恩田:30人ぐらいですかね。でも、「これで落ちたらシャレにならないな」と思って、いたたまれなくて。

林:私も、選考を待ってるあいだいたたまれなくてマージャンをしに行ったら、来る手、来る手、役満ばっかりで、逆に怖くなりました(笑)。編集者に「ここで運を使わないでください」と言われましたが、結局そのときに賞をいただいたんです。

恩田:波はありますよね。『蜜蜂と遠雷』は何もしなくても読んだ人がいろんな人にすすめてくれて、「祝福された小説」だと感じました。

※週刊朝日  2017年8月4日号より抜粋