高校生に対する求人が急増中だ。進学か、就職か──。空前の売り手市場に、高校の進路現場で異変が起きている。奨学金が社会問題化する中、確かな選択に頭を悩ませている。

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 高校生の就活が始まった。企業がハローワークに求人票を提出し、受理されたものが例年7月1日に公開され、採用活動が始まる。就職希望者の多い市立川崎高校定時制(川崎市)進路指導部主任の高橋正太郎教諭は、嬉しい悲鳴を上げた。

「ここ5年で学校に届く求人数が倍増している。これまでは会社ごとに求人票をファイリングしていたが、今では業種ごとにまとめないと整理ができない」

 高卒就職が空前の売り手市場だ。2017年3月卒の求人数は6年連続の増加となる約38万7千人。高卒の求人倍率は2.23倍と、大卒の1.74倍(17年3月卒・ワークス大卒求人倍率調査)を大きく上回る。進学者の多い都市部の求人倍率は高騰し、東京都では6.93倍、大阪府では3.46倍に達する。今年は昨年を上回る売り手市場になりそうだ。

●高校生のほうが素直

 就職の実績が豊富な都立第四商業高校(練馬区)の進路指導部主任の對馬秀男教諭はこう話す。

「昨年7月に学校に届いた求人数の半数が、今年は最初の3日で集まった。高卒採用を再開する企業に加え、新規で高卒採用を始める企業も増えている」

 背景にあるのは、景気回復に伴う人手不足だ。これまで大卒をターゲットにしていた企業でも、なかなか大卒が採れず、高卒にシフトしているという。

 高卒新卒採用の就職求人サイト「ハリケンナビ」を運営するハリアー研究所の新留英二代表取締役は、「製造業大手が農業高校に求人票を出すほど、人材の奪い合いが激化している」と指摘し、高校生に対する企業の見方に変化が出ていると話す。

「高卒求人に多い製造業や建設業を始め、飲食業、介護、福祉と、業種を問わず求人数が増えるなか、以前はなかった営業などのホワイトカラー職の求人も目立ち始めた。ある一定レベル以下の大学生を採用するなら、高校生のほうが素直で、一から育てたほうがいいと評価する声も中小企業を中心に出始めた」

 企業の思惑はどうなのか。

 セルフ式うどん店「丸亀製麺」を展開するトリドールホールディングス(神戸市)は16年卒から高卒採用を開始した。25年までに世界6千店舗体制の実現を目指し、人材の確保は重要な課題だ。今年は130人の採用を目指している。

「16年に初めて高卒社員を4人採用した。非常に優秀だったため、17年は108人を採用。高卒社員は入社後4年間、会社としてケアのしやすい大都市部の店舗で勤務し、その後は大卒・高卒の差はなく、適性を見て本社・本部での業務に携わることもありえます」(採用担当者)

 東武百貨店(豊島区)は昨年、高卒採用を15年ぶりに再開し、27人を採用した。今年も大卒採用とは別に同程度の高校生を採用予定だ。人財部の永椎香織主任はこう話す。

「社員の平均年齢が45歳になるなか、若返りを図る狙いがある。若い人の意見を取り入れ、売り場に生かしていきたい」

 また、匿名を条件に複数の人事担当者が明らかにしたのが、採用コストの抑制メリットだ。高校生の採用はすべてハローワーク、学校を通さなければならず、学生自身と接点を持つ機会が少ないというデメリットはある。だが、その分、求人広告費などがかからない。高校生は原則1人1社しか応募できず、それも自己応募ではなく学校推薦という形になるため、内定辞退もない。高校生の就職は7月の求人情報の公開後、会社見学などを経て、9月に学校を通して応募書類を発送し、選考がある。内定が取れなかった場合は、他の複数の企業に応募が可能となるが、「最初の応募で内定率が低いところでも6割。就職に強い高校だと7〜8割は就職先が決まる」(都立高校管理職)。

●東京五輪以降は不透明

 空前の売り手市場に学校側も反応している。高校のキャリア教育支援をするNPO法人若者就職支援協会の黒沢一樹理事長は「我々の支援先はいわゆる進学校ではない」としたうえで、

「2人に1人が奨学金で大学に進学する時代になり、就職後も奨学金を返還し続けられる職に就けるか分からない。売り手市場の間に、就職させたいと考える進路担当教諭が増えている」

 就職させようとする理由には、大卒就職との違いもある。

「高卒就職は職場見学や応募書類の作成も学校がすべてサポートする。大卒就職も売り手市場だがコミュニケーション力の有無で内定をとる人と、そうでない人に二極化。確実に就職するには高卒就職のほうがたやすい」(黒沢理事長)

 都立青井高校(足立区)は生徒の約3割が就職の道を選ぶ。進路担当の浦部ひとみ教諭は、現場の状況をこう口にした。

「進学を選べば就職活動をするのは東京五輪以降。今のような売り手市場とは限らない」

 不登校や高校中退者らが目標を見つけ、それに向かって挑戦することを目的に東京都が設置した「チャレンジスクール」の一つ、都立稔ケ丘高校(中野区)では、高卒求人の急増と共に就職者の割合が増え、昨年は全体の9%に。疋田誠教諭は言う。

「まだ自信を完全に回復しておらず、明確な進路希望がない生徒には、就職も考えたらと話すことがあります。4年後に上位の大学生と同じ土俵で就職活動をすることを考えると、求人に恵まれた今の間に就職させたほうがいいという思いもある」

 ただ、売り手市場だからといって、安易に就職を選んでも失敗する。『奨学金が日本を滅ぼす』などの著書のある中京大学の大内裕和教授(教育社会学)は、

「大卒は入社3年で3割が離職するが、高卒は4割だ。離職すると正規雇用での再就職は厳しく、選択肢も限られてくる」

 例えば、転職サイト「マイナビ」には8289件(7月25日時点)の求人情報があるが、学歴不問の求人は4735件だ。

●大学中退は高卒以下

「企業が入社後もきちんと職業教育をするなら奨学金を背負ってまで進学する必要はないが、現実はどうか。高卒と大卒の賃金格差も拡大しており、慎重に考える必要はある」(大内教授)

 高卒求人にシフトする企業には、いわゆる「ブラック企業」も少なくない。前出の新留代表取締役も「会社が社員を育てる風土を持っているかが一番重要だ」とし、こう続けた。

「16年3月から企業には求人票に、直近3事業年度の離職者数や平均勤続年数などの情報の記載も義務付けられている。安易に高卒採用に走る企業もあるが、『定着』を意識する企業が高卒採用に成功している」

 駐車場の運営などを行う日本駐車場開発(大阪市)は今春入社の高卒社員から、大学進学を支援する給付型奨学金制度を導入した。入社後3年間、一定水準の評価を得た大学進学希望者に対し、入学金と3年間の授業料を給付する。橋本奈津子人事総務部長は、こう話す。

「年齢、性別、国籍、学歴は関係ないというのが当社の考え方だが、経済的な理由で勉強する機会が奪われたケースもある。機会を提供することで、幅広く人材を採用する狙いもある」

 安易な就職は避けたいが、それは進学も同じこと。労働政策研究・研修機構が東京都在住の20代を対象にした調査によれば、大学中退者(専門学校含む)の就職状況は「一貫して非正規雇用」が最多の約5割だ。

「現在でも一度就職して学費をため、進学する生徒はいる。働いてみて、初めて自分の求めることがわかることもある」

 都立第四商業高校の高石公一校長は、そんな生き方も提案した。

(編集部・澤田晃宏)

※AERA 2017年8月7日