日本人がなじんできた「お葬式のかたち」がいま激変している。従来型のお葬式ではなく、「家族葬」が広く受け入れられ、弔いの形は家から個へ――。葬儀費用の「見える化」と価格破壊は何を生むのか。AERA 8月7日号で、新しい葬式の姿と、大きく影響を受ける仏教寺院のいまを追った。

 格式が高く、法話はあるが、訪れた人との対話はない。お布施も高額で、葬儀や法事、人生の特別な局面にだけ登場する──。そんなイメージを変えたいと、お寺を開いた人がいる。

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「誰もがいつでも気軽に立ち寄れるお寺をつくりたかった」

 副住職の天野和公(わこう)さん(39)はそう語る。仙台市泉区の「みんなの寺」は、02年に開かれた浄土真宗系の単立寺院だ。

 和公さんも、夫で住職の雅亮(がりょう)さん(49)も寺の生まれではなく、在家出身。和公さんは、青森県の農家に生まれ育った。5歳のとき、地獄の絵本を読み、怖くなって、父親に尋ねた。

「私もいつか死んじゃうの?」

「そうだよ。お父さんもおまえも、みんないつか死ぬんだよ」

 衝撃だった。なんで自分は死ぬんだろう。以来、死や宗教に思いを馳せた。自分で戒名を考え、宝箱に入れた。中学にあがると、神社仏閣を巡り、墓を見て歩き、「ここに生きて、死んだ人がいた」と感慨を深めた。

 東北大学で宗教学を学び、卒業後、宗教に関わる仕事がしたいと葬儀会社で働く傍ら、本願寺別院の法話会に通った。月に1時間、お経を読み、法話を聞き、お茶を飲んで門徒と話す。

●誰の悩みも受け入れる

 そこで出会ったのが、当時、別院の僧侶だった雅亮さんだ。初対面で話が弾んだ。「誰もが気軽に立ち寄れて、仏教や人生の話ができるお寺をつくる」のが雅亮さんの夢と知り、「じゃあ、結婚して一緒にやりましょう」。出会って2回目で結婚を決めた。

 泉区は新興住宅地が多い。県内外から、人々が移り住んでいた。菩提寺を持たず、葬儀や供養に困っている人もいた。

 02年5月に結婚し、10月に中古の民家の一室を改装、本堂にした。二人の思いを込めて「みんなの寺」と名づけた。

「商店会や夏祭りに参加したり、地域の子どもたちの勉強を見たりして、知ってもらうことに努めました。近隣住宅地にポスティングもしました」(和公さん)

 毎年、夏のお盆の法要には家族連れら約500人が参列する。お盆やお彼岸には1100通もの便りを希望する人に出している。年会費も寄付金も取らないし、永代供養墓の費用も、7万円からと決して高額ではない。

「おかげさまでずっと順調で、金銭面で活動に困ったことはありません」(同)

 和公さんは、寺を訪れる人の多様性を感じている。

「昔ながらの密なお付き合いを望む人も、アマゾンのお坊さん便のようにライトな感覚で頼む人もいます。毎週5人くらい、初めての人がお寺に来ます。法事や納骨の相談なのか、子どもの不登校や中絶の相談なのか、話を聞くまでわかりません」(同)

 和公さんは、時に相談者と一緒に泣く。

「訪れた男性に、『ここは無宗教のお寺ですか?』と聞かれたことがあります。無宗教の自分でも受け入れてくれますか、という意味だったと思います」(同)

 寺は、どんな人のどんな悩みも受け入れる場と信じている。(編集部・熊澤志保)

※AERA 2017年8月7日号より抜粋