生誕100年を迎えた作家・島尾敏雄とその妻・ミホ。詩人の松浦寿輝さんと、梯久美子さんに話をうかがった。

 島尾敏雄とその妻・ミホ。玉砕して死ぬはずだった特攻隊長と、見送ったのちに自決するつもりだった島の女は、終戦により奇跡的に生き延びた。ところが結婚して戦後に待ち受けていたのは、夫の情事に端を発した妻の狂気と、夫がひたすら詫び続ける日々だった。それは名編『死の棘』として結実し、夫妻は戦後文学の神話的カップルとして記憶に残ることになる。

「島尾は情事を記した日記をあえてミホさんが読むように仕向けた跡があります。しかも大騒ぎになった後も毎日書いて、後で小説にしている。『狂うひと』は書く職業の人からの反響が特に大きいんですが、そこには“どんなことをしてでも良いものを書きたい”という作家の業に対する興味があるような気がします」

●夫の視点と妻の視点

 島尾ミホの評伝『狂うひと』の著者・梯(かけはし)久美子さんはそう語る。同書に目を開かれたというのは詩人の松浦寿輝さんだ。

「梯さんの精緻な評伝が実証してくれたおかげで、島尾流の『私小説』の特殊な構造がやっと腑に落ちました。島尾敏雄は夫婦間の葛藤を小説のタネにしている。それによってミホさんを狂気に追い詰めてしまうわけですから、やはり途方もないことだと思います」

「戦後文学の極北」と形容される島尾敏雄の『死の棘』は、昼夜を問わず妻が夫の不実をなじり続ける近視眼的世界。ところが、ミホ側の視点で描かれる映画「海辺の生と死」は、対照的にクローズアップを慎み、俳優にも風景にもカメラが寄らない清潔な画面がそこにある。梯さんは脚本監修を担当した。

「ミホさんに関しては私が詳しいだろうということで、内容に明らかな誤りがないか、また当時の奄美や特攻についての認識がズレていないかなどをチェックする役目でした」

 映画は、太平洋戦争の終戦前夜を描きながらも、ロケ地となった現在の加計呂麻島のドキュメントとして見ることもできる。「島」に関して、松浦さんには特別な思いがあるという。

「彼が提出した“琉球弧”という視点。この功績だけでも島尾敏雄は歴史に残ると思います。奄美から宮古、先島諸島にいたるまで日本列島全体が大きなアーチを描いていて、これを“ヤポネシア”と捉える見方。本当に素晴らしく、心から共感します」

●ヤポネシアの視点

 ヤポネシアの視点(まさに遠景だ)が戦後の島尾敏雄によって形成されたとすれば、昭和20年のミホの世界はあくまで加計呂麻島の中の押角集落にのみ存在した。2人の自伝的小説をベースにした映画「海辺の生と死」に出演している満島ひかりさんが「どこかお芝居がかっている」と表現した2人の関係について、梯さんはこう考える。

「あの極限状況では、正気を保つためには自分たちを虚構化し、神話化するしかなかったんじゃないかと思います。そして大事なのは、片方だけではなく、2人ともそれをやる能力があった、ということです」

『狂うひと』は、その徹底的な資料の読み込みと事実の検証により、一部で「聖女」扱いされてきたミホの偶像破壊をなしとげた。しかし、そこまで明らかになってなお島尾ミホと島尾敏雄の存在とその作品は一層魅力を増す。戦争と日常と、二つの「地獄」を生きた2人は、息苦しいまでの近景と、その向こう側にある「夢」のような日々を、「島」を描き続けた。
 今、新しい映画の到着とともに、再び2人の作品を読み直す機会がめぐってきたようだ。(ライター・北條一浩)

※AERA 2017年8月7日号