芸能人の犯罪や、大きな事件があるたびに話題となる裁判傍聴。最近では松居一代さんが離婚裁判に進展する可能性も報じられ、ネット上で「傍聴したい」などのつぶやきが上がっている。

 芸能人の裁判は確かに興味深いものがあるが、裁判傍聴の醍醐味は、名もない市井の人々の隠れたドラマを垣間見るところにある。裁判傍聴記の第一人者・北尾トロさんが恋愛裁判だけを集めて発売した『恋の法廷式』(朝日文庫)では、的はずれな片思い、幸せをつかむ手法が行き過ぎた風俗嬢、ドロドロ不倫の後遺症など、さまざまな<恋愛事件>を垣間見ることができる。今回はその中から、教師と教え子の恋愛裁判の行方を紹介しよう。

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 公判日程表に児童福祉法違反の事件があった。被告人名が「被告人」とだけ記されているのはプライバシー保護のため。被告人もしくは被害者が未成年なのだ。

 後者だとすると、年齢を知りつつビデオ出演させたり風俗で働かせたりしたのだろうか。他に児童福祉法違反ってどんなのがあるだろう。初公判ではないが気になり、法廷まで行くと、傍聴マニア諸氏が顔を揃えている。ぼくの後ろにもすぐ列ができ、開廷まで20分を残し満席確定。む。この人気は見応えある裁判の印。単なる買春容疑などではなさそうだ。

 法廷へ入ると、弁護人の隣にスーツ姿の男が縮こまって座っていた。年齢は30代前半に見える。手錠をされてないのは保釈中ということで、チラチラと傍聴席を見るのは身内がきているためだろう。

 裁判では初公判時、検察官の冒頭陳述で事件の概要が語られ、二回目以降は繰り返されないため、途中から傍聴する場合は想像力を働かせ、断片的な情報から事件を組み立てていく必要がある。

 開廷すると、弁護人が前回の補足として、被害者が送ったメールを読み上げた。

<いつも先生に救われている>
<先生がつらいときは、私にそのことを隠さないで欲しい>

 ん? 先生って何だ。被告人は教師で、被害児童は教え子ってことか。弁護人は、被告人にとって不利な材料となるメールを紹介するはずがない。二通のメールが表していることはなんだろう。ひとつは先生と生徒という関係性。もうひとつは生徒が先生を恋人のように思っている雰囲気だ。

 この事件は被告人である教師が立場を利用して生徒にイタズラしたようなものではなく、二人の間には恋愛感情があったと弁護人は言いたいのだろうか?

「……被害者には130万円の示談金が支払われております。また、被告人は今後一切、被害者に接触しないと誓約もしております」

 すでに示談が成立している。被告人は懲戒免職処分になり学校を去る。弁護人の発言の意味は、たぶんそういうこと。いったい何をやらかしたんだ、この教師。

「それでは、証人の方は証言台に出てください」

 裁判長に声をかけられ、傍聴席最前列にいた被告人の妻が立ち上がった。初公判を見逃したぼくは、妻の発言から事件の概略を知るべくペンを持ち、耳を澄ませて準備完了……と思ったときだ。エエ、エエと、不協和音みたいなサウンドが法廷内に響き始めた。何だろうと顔を上げたら……。被告人が泣いていた。

 いや、懸命に泣こうとしていた。この場面では絶対に涙を流してみせると決めていたかのように、気持ちを集中している。法廷で泣く被告人はめずらしくないし、証人尋問で身内にかばわれ、感極まる光景もたくさん見てきた。だが、その多くは証言が始まってからのこと。徐々に気持ちが高ぶっていくのが一般的だ。

 早いのである。生徒と何か怪しい関係になって妻を悲しませたこと、職を失ったこと、よりによって法廷に引っ張り出されたこと。泣く材料はそれなりにあるだろうが、あせるなと言いたい。いまから飛ばして息切れしないか心配だ。

 が、じっと見ていると涙がこぼれた形跡がない。ポケットから取り出したハンカチでしきりに目を拭っているが、わざとらしさは否めない。声だけで泣くタイプ……、そんなことはないよな。罪の意識から証言台の妻を正視できず、といって冷静に聞いているのでは開き直った印象を与える。ではどうすればいいかと考えた末に選択したのが、とにかく泣きまくるという手段なのではと疑念が深まる。

 始めた以上はそうカンタンに泣き止むこともできず、嗚咽をBGMに証言がスタートした。事件について妻は、逮捕されるまでまったく知らず、知っていたら全力で止めていたと語る。「夫婦の仲は普通だろうと思っていましたが、いま考えると、とても冷たい家庭だったと反省しています。事件の日、彼とは別々に行動し、メールの反応がないので忙しいのかなと。警察から連絡が入ったときは信じられず、力が抜けてしまいました」(要旨)

 落ち着いた態度から、この日に備えて頭を整理してきたことがわかる。夫を責めず、自分にも責任があるかのような言葉からは、被告人をかばう気持ちが察せられる。弁護人の質問が夫婦仲の話から始まったところをみても、被告人が生徒に手を出した事件と考えて間違いなさそうだ。

「どんな連絡でしたか?」

 弁護人が話を促す。

「被害に遭った女子生徒とホテルに行き、出たところを逮捕されたと」

 被告人、そんな大胆なことをしたのか。しかもホテルを出たところで逮捕とは。

 信じていた夫が、よりによって生徒とホテルに行き、逮捕までされたと警察から電話がかかってきたのだ。何のことだかわからないほどのショックだっただろう。それでも妻は数十回も面会に行き、性犯罪の本を差し入れたりしている。夫を支えられるのは自分しかいないと考えてのことだろう。素晴らしいではないか……、ちょっと、BGMうるさいよ。号泣するのは勝手だけど、証人の話をちゃんと聞け!

 逮捕後、妻の取った行動は見事なものだ。夫と生徒が交わした1400通近いメールを時系列で整理。担任教師と生徒の関係が親密になっていく過程を、泣きながら確認していった。同時に、なぜこんなことになったかを分析。8年連続で担任するクラスを持った責任、さめた夫婦関係、家でもパソコンにかじりついていないとさばけない仕事量。複数のストレスが積み重なり、常識はずれの行動に至ったと自分なりの答えを出した。

 被告人は妻から見て、一所懸命な教師だったという。類似の事件が報道されるのを見ても、子どもに手を出すなんてあり得ないと言っていたらしい。事件の発端については、生徒から家族についての悩みを相談されたことだと取り調べで語ったが、それについても妻の見解はおだやかで優しい。

「彼は児童の家族代わりになろう、一番近い存在になろうとしたのだと思います。離婚するつもりはありません。今後は私がフルタイムの仕事をして彼を支えたいと思います」

 妻は一貫して夫をかばい通した。被告人の両親も息子を見守ると言っているらしい。身内が見放さないのは被告人に甘いだけなのか、それとも生徒との関係に同情すべき点があるのか。それを聞かずして、エロ教師と決めつけることはできない。一線を越えてしまったのは、教師を慕う生徒の取り扱いを誤ったが故かもしれないからだ。

 犯行を一方的に責めるのではなく、自分の存在もストレスの要因になっていたことを認める。身内が一丸となって更生に協力すると誓う。失職した夫に代わって自分が働き経済的にも支えていく。夫とは対照的に涙も流さず、情状証人の役割を完璧に果たした妻が傍聴席に戻ると裁判長が言った。

「では被告人質問に移ります」

 さあ、メソメソしている場合ではない。出番だ。

 担任教師が高校2年の女生徒とホテルに行くに至る、禁断の恋。ハンカチをポケットにしまい、その全貌を語るべく被告人が立ち上がった。

 被告人は高1のときから被害者である女生徒の担任教師だった。とくに目立ったところのない生徒だったが、1年次の終わり頃、相談メールを受け取る。

「親とうまくいかない。会話がなくメールでやり取りしている。クラスの生徒とも話が合わない。どうしたらいいのか、という内容でした」(要旨)

 教師が突き放せば、ますます生徒は追い込まれる。ここは親身に相談に乗るべきだ。そう考え、新学期に入ると精力的な<救済活動>を行うようになったという。メールをやり取りしてアドバイスする、校内の相談室で話す機会を作る、部活の部室に顔を出す、ときには一緒に下校する、などだ。

 違和感を覚えるのは、被告人の関心が生徒に集中していること。悩みの根っこは家庭にあるのだから、30代前半(推定)とはいえ、それなりにキャリアを積んだ教師なら、まず親と話し合おうとするのが普通だと思うのだ。生徒の話だけ聞いていても客観的な情報は得られない。

 親に連絡すると生徒の信頼感を失うと考えたのだろうか。孤立しがちだからといって一緒に下校するのが親身な教師のやることだろうか。それしか思いつかなかった、ひとりでは荷が重かったというのなら、経験豊富なベテラン教師に相談してみる方法もあっただろう。

 なんだか妙な話だな……と思っていたら、こんな発言が飛び出した。

「私は徐々に、教員と生徒の関係ではなく、(被害者を)ひとりの女性として見るようになってしまいました。時期ですか、4月中旬から下旬にかけてです」

 徐々にどころではない。相談を受けてから1カ月かそこらで、被告人は恋に落ちたらしいのだ。その気持ちを隠さず、4月末には告白までしている。

「ひとりの男性とひとりの女性として、対等な立場で支えていきたいと言いました」

 びっくりだ。子どもに手を出すなんてあり得ないと言っていたという妻の証言から、ふたりの恋愛関係は生徒が積極的にアプローチして生じたのだと考えていたのだ。

 生徒は「うれしい」と答えたという。地味で友人も少なく、家庭にも居場所のない高2女子が、頼りにしている担任教師に告白されたら舞い上がるに決まっている。本気にするさ。気分はマンガかドラマの主人公だよ。相手に与える影響まで考えての告白だったとはとうてい思えない。

「その後、5月2日にキスをしました。驚いた様子でしたが、うれしいと言ってくれました」

 軽い、軽すぎる。なぜ先を急ぐのだ。やることに迷いがなさすぎて、背徳感ってものが微塵も感じられないね。

 人を好きになる気持ちは止められない。世の中には担任した生徒との恋愛を実らせて結婚する教師もいるのだし、人の恋路をとがめる気持ちはない。しかし被告人は既婚者。冷たい夫婦関係だったと妻は証言したが、離婚してもかまわない、というほどの覚悟が被告人にあったわけでもなさそうだ。

「自分は妻にひどいことをしていたと思いますが、当時は(被害者の)そばにいたい気持ちを優先してしまいました」

 ようするに、何も考えていなかったのである。どころか、自分に酔っていたフシさえある。被告人は当時をこう語るのだ。

 自分とつきあい出してから生徒は明るく元気になった。男子生徒とも喋り、学校行事に積極的に参加。コミュニケーションが取れなかった親とも直接話ができるまでに変化した――。

<熱血指導>に効果あり。モラルに反していることを意に介さず、意気揚々と過ごしている姿が目に浮かぶようだ。

 加速度的にメールのやり取りはひんぱんになり、会う回数も増えていく。

「何度も大好きと言われ、下の名前で呼んでくれるようになりました。生徒のほうからキスしてきたり、彼氏と彼女の関係で接してくれました」

 そして6月後半、被告人は満を持して生徒をデートに誘う。告白、キス、数え切れないメールのやり取り。交際開始から約2カ月、ヒートアップしたふたりの思いは一致していた。待ち合わせ後、池袋のホテルに直行したのだ。被告人はスタバで会って原宿に行く予定だったと言い訳したが、弁護人が真意をただすと、本音をさらした。

「私自身(セックスを)したかった」

 だろうな。告白から一週間かそこらでキスまでする教師である。生徒からキスしてくるようになったと喜んでしまう男が2カ月後にどう仕上がるか。ブレーキの効かない暴走列車と化すだろう。

 恋の炎を燃やしながらも、家庭では何食わぬ顔で過ごしていた被告人に、妻と離婚してでも教え子との恋愛関係を続ける意志があったかどうかは定かでない。そのつもりだったとしても相手は現役の高校生だ。スキャンダル回避のため卒業するまでは隠すしかなかったか。

 では、妻に内緒で話を進め、合意の上で性的関係を結んだはずの被告人は、なぜ逮捕されたのか。誤算があった。どうやら生徒は親に、担任教師とつきあっていること、デートすることを喋ってしまったらしく、制止を振り切って池袋へきてしまったのだ。

 生徒はそのことを被告人に知らせなかったのだろう。聞いた上で性交までしたとなればそれこそ常軌を逸している。なぜ警察がホテルの前で待っていたのか詳細は不明だが、激怒した親が警察に連絡し、なんらかの方法で居場所が突き止められ、御用。燃え上がった恋の結末はあっけないものだった。自分のした行為が児童福祉法違反にあたるとわかっていたのか、恋愛の自由を主張することさえしなかった模様だ。

「ご両親や生徒に対し、一生消えない傷をつけてしまった。生徒には二度と近づきません」

 被告人の口からは、もはや反省の弁しか出てこない。熱血教師になるはずが、生徒にホレて取り返しのつかないことをし、キャリアのすべてを失ったのは当然の報い。だが、必死の覚悟で親を振り切ってまで被告人に抱かれた生徒は、これからどうなってしまうのだろう。悪い夢から醒め、いつか立ち直ってくれることを願わずにいられない。

 そんなことを考えている間に、検察官の質問が始まっていた。捕まらなかったら今でも交際していたか。自らの家庭はどうするつもりだったのか。弁護人が触れずにいた、被告人に都合の悪いところを突いていくが、答えはきれいごとの範疇を出ない。と、その態度に業を煮やしたのか、検察官が強い口調で真相を暴露した。

「あなたは教師の立場を利用し、自己に好意を抱き、欲求に応えようとする生徒に、校
内でキス、手淫、口淫をさせ……」

 校内でしたのはキスだけじゃなかったのかよ!

 不自然さを感じつつも、担任教師と生徒間の純愛物語として傍聴していた自分が馬鹿みたいだ。被告人は同情するそぶりで生徒の気を惹き、思うままに操って欲望を満たしただけだった。

 判決は求刑通りの懲役2年(執行猶予3年)。情状理由のひとつに示談の成立が挙げられたのは皮肉だった。被害者家族は、一日も早く事件を過去のことにするため、苦渋の判断をしたに違いないからだ。生徒が受けた傷を思えば、軽すぎる判決だと思う。