作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、壇蜜さんが出演した宮城県のPR動画をテーマに筆をとる。

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 エロと公共について考えさせられる機会が続いている。鹿児島県志布志市のうなぎPRのうな子(スクール水着姿の女性を男が「育てる」目線で追いかけ、ローションでぬるぬるのペットボトルを持ったりなどする)は記憶に新しいが、最近では宮城県知事肝いりの壇蜜さん起用のエロPRが話題になった。

「殿方に涼しいおもてなしをすること」が使命という壇蜜さんが「肉汁とろとろ」「ほしがりなんですから」などと壇蜜さん的なセクシーさでねっとり語るなど、性的メタファーに溢れている。復興関連予算から2300万円も使っての、エロだ。「殿方」ではない私はそもそも呼ばれてないけれど、宮城県、距離が遠くなってしまった。

 壇蜜さんのエロを私は好きだった。「あなたたち、こういうのをエロいって思っているんでしょ」と、男の考えるエロを、ごそりと脳から取り出して眼の前で不敵に微笑みながら実践するような不気味さと爽快感、そしてやらされてる感ゼロが好きだった。それでも、行政のCMだと、とたんに壇蜜さんのエロが体制側に見える。いくらもらったんだろう、とか下世話なことをついつい考えてしまう。残念だ。

 とはいえ、この手の批判をすると必ずこう言いたがる人がいる。「これが男女逆だったらフェミニストはどうするの?」

 残念ながら、男女逆にできないからこそ成立するのが、この手のエロだ。ジェンダーのお約束事の中で、既視感のあるファンタジーだからこそ通用するエロ。飽和状態のそんなエロに毎日辟易しているのに、さらに敢えて税金でやる? お前たちの私的エロ空間、はみ出しすぎだろう!とも言いたくなるのだ。

 先日、空いた電車で中年の男性が私の隣に狙いを定めたようにして、座ってきた。7人掛けの席に私は一人だ。他にいくらでも座るところあるのに、何故? 反射的に私は席を移動し、驚いて改めて男の顔をまじまじと眺めた。その理由はすぐにわかった。男の真ん前には、短いスカートをはいた若い女性が座っていたのだ。男は自然な雰囲気を装いながら彼女の脚を凝視していた。私は男がケータイを取り出したりしたら声をかけようと思ったが、男は「犯罪行為」はしないと決めているらしく、自然を装い女性を見つめ続けた。そして次の駅で降りた。

 公の空間で他人を鑑賞物のように眺め、相手が気味悪がっても意に介さない。むしろ短いスカートをはいているほうに原因があるように、まるで権利のように堂々と痴漢する男を見て、この社会、一線を越えたなと思った。法は犯さず俺の内心の自由の範囲での溢れるファンタジックなエロ祭り。宮城県も同じだね。エロ祭りの盛り上がりは、男の視線に気がつきながらも動けなかった女が感じる悔しさやキモさに無痛でいられることと引き換えだ。

 壇蜜さんのエロが好きだった。そもそもエロ業界から私は仕事をはじめた。それなのに、今溢れるエロが、あまりにも遠くて、キモイ。

※週刊朝日 2017年9月1日号