落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「猫」。

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 子供のときから、どうも猫とは相性が悪い。思い起こせば自業自得なんだが、物心ついた頃の出会いがよくなかった。

 保育園の年長のある日のこと。私は塀をつたって歩いてたノラ猫めがけて、下から小石を投げて遊んでた。いじめる意図はない。ハタから見ればそうとしか見えないかもしれないけど、「やることないし誰か遊んでくれないかなー」と、ちっちゃい小石で、私的には戯れていたつもりだ。

「ニャー(汗)」と塀の端まで追い詰められた猫は、突然くるっと振り返ると、全身の毛を逆立て「ヴゥーッ!!!」とこちらを威嚇してきた。

「テメエ、ヤッテヤルゾ」

 血走った目が明らかにそう言っている。

 私は生命の危険を感じたが、不思議なもんで「あひ……」と言ったまま、魔法をかけられたように足がすくんで動けなくなった。次の瞬間、猫が頭上から大の字になって飛んできた。4本の足を目一杯ピーンっと張って、殺気を帯びた眼。

「わくわく動物ランド」で観たばかりのムササビの飛翔シーンのようなスローモーション。そして顔の前でストップモーション。一瞬目が合ったかと思うと、あのとき確かに「シャキーン!!」と音がしたはず。猫は両手の爪で、私ののど笛をX字に切り裂いた。血まみれの保育園児を尻目に悠々と走り去る猫。生物として、あちらのほうがはるかに上をいっていたのは間違いない。

 その猫は近所をいつもうろうろしていたのだけど、その日から私は表を出歩くときに猫の目をビクビク気にするようになってしまった。

 そしてわが家では犬を飼っていたのだが、犬のエサをその猫がくすねにくるようになった。うちの犬は気が小さかった。エサの時間になると、猫が「ニャー(堂々)」と現れる。犬は犬小屋の陰へ隠れる。決してビビってるという素振りではなく、犬はあくまでも平静をよそおってフラりと「その場を外す」かんじ。でも尻尾がピンと硬くなっているので、ビビってるのは一目瞭然だ。しっかりしてくれ。犬としてのプライドはないのか。

 その隙に猫は「イツモスイマセンネ(笑)」と犬のエサを食らう。私はそれを離れたところから無力に眺める。犬は気づいてないフリをしながら、猫にいいようにさせている。完全にマズイ人(猫)に関わってしまったようだ。自分から仕掛けていくなんてとんでもないことだったと気づいても、もうすでに遅い。あれ以来、猫が怖い。

 いや、いい猫ちゃんもいます。楽屋仲間の“動物ものまね”の江戸家小猫さんは私と同い年。研究熱心でアフリカまで動物の声を調べにいくらしい。日夜、高座でさまざまな動物の鳴き声を披露して喝采を浴びている。

 親子4代続くサラブレッドで、腰が低くて、人柄も申し分なし。でもだ……「もしあの鳴き真似が、まるでデタラメな鳴き声で……我々は、ただ小猫さんの……手の平の上で……いいように踊らされてるだけ……」だったらどうしよう……。

 ちょっと想像してみたらメチャクチャ怖いな。それじゃ軽いサイコパスじゃないか……。もちろん小猫さんはそんなことはしてない。変なこと考えてすまん、小猫さん。私が初めて仲良くなった猫はあなただ。これからも仲良くしてニャー。

※週刊朝日  2017年12月29日号