TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は村上春樹さんと川上未映子さんが行った朗読会について。



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 昔の日本人にとって、読書とは音読するものだったと国文学研究資料館館長で東大名誉教授のロバート キャンベルさんが言った。だとしたら、乗合バスや電車はさぞかし賑やかだったことだろう。以来、僕は朝の電車に乗ると、(誰にも気づかれないようにぼそぼそ小声で)小説を読むことにしている。伊集院静さんが若き夏目漱石と正岡子規の交流を連載中の「ミチクサ先生」(日本経済新聞)は、愛媛・松山育ちの子規の口調、「参ったぞなもし」「こりゃ、たまげた」をひそかに音読するのが楽しい。

 とっておきの朗読会があった。

 村上春樹さんと川上未映子さんの「冬のみみずく朗読会」だ。阪神・淡路大震災の年、春樹さんは神戸と芦屋でチャリティ朗読会を開いたが、当時19歳で書店に勤めていた川上さんは聴衆として参加し、サインを求めて列に並んだという。その後、作家になった川上さんが春樹さんに創作の姿勢や方法をインタビューした「みみずくは黄昏に飛びたつ─川上未映子訊く 村上春樹語る─」が文庫化されたが、それを記念した朗読会だった。春樹さんと川上さんは朗読者と聴衆の関係から25年越しで互いに朗読者として登壇したというわけだ。

「こんばんは(間を置いて)村上春樹です」と、冒頭は「村上RADIO」でお馴染みのDJ風に始まって、一気に場が和んだ。

 まず小学生のイノセントな日々を描いた自作「あこがれ」を川上さんが朗読し、春樹さんは「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読んだ。

「未映子さんとだから、関西弁でもいいんだけど、関西漫才みたいになってしまうから」と軽いジョークで聴衆を笑わせた春樹さんは、その日のためにとっておきのサプライズを用意してくれていた。それは数週間前に書いたばかりだという新作「品川猿の告白」の初披露だった。春樹さんはときどき水で喉を潤しながら、品川猿の言葉の場面で声色を変えた。場面は群馬のひなびた温泉宿。「失礼します」と風呂場に入ってきた猿が、語り手の背中をごしごし洗ってくれる。そして、“I○NY”(○=ハートマーク)のTシャツを着た猿は身の上話を始める。

 人間の女性へ募る恋の話。春樹さんの語りから立ち現れたのは初老の猿だった。己の人生に誠実で、気遣いとペーソスに溢れ、誰もがその話に耳を傾け手を差し伸べたくなるような猿があたかもすぐそばにいるような臨場感で現れ、会場のそこかしこから笑いが生まれた。

 川上さんが「夏物語」「たけくらべ」を読み、編集者でカメラマンの都築響一さんが飛び入りして春樹さんとの温泉旅行の話で会場を沸かせ、ラストのコーナーでは、春樹さんと川上さんが相手の作品を読んだ。

 春樹さんが「ヘヴン」を読むと、川上さんは「ノルウェイの森」を手に取り、直子の手紙を朗読した。「……鳥もウサギも元気です。さよなら」

 倉本聰さんにラジオドラマを作っていただいた時、音しかないラジオは究極の映像表現なんだよと教えてもらった。ラジオで「赤」と言えば、リスナーは十人十色の「赤」を思い浮かべる。聴く人のそれぞれに映像が生まれ、思い出と結びついていつまでも忘れられない記憶になる。会場では約450人の観客が二人の朗読に聴き入った。青春の名残や切なさにしみじみとした言葉のイベントだった。

※週刊朝日  2020年1月24日号