「社会的距離」が求められるなか、濃厚接触せざるを得ない。休業要請も補償もない──。新型コロナウイルス感染の恐怖や困窮に向き合う人々がいる。AERA 2020年5月4日−11日合併号から。



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「どこまで蔓延(まんえん)して何人が死んだら、休業要請の対象に入れて補償してくれるのでしょうか。亡くなられた人は本当にお気の毒ですが、私もその一人に入ってからでは遅いんです」

 関西に住む40代の女性はそう声を震わせた。

 女性は同年代の夫と一緒に美容院を営んでいる。4月7日に緊急事態宣言が出た後も、感染の恐怖におびえながら店を開けた。お金の心配もあったし、ついてくれた常連に対して自分からキャンセルを促すのも怖かったからだ。

 美容院は4年前に開業し、ふだんの1日の客は3、4人程度。宣言が出た後もキャンセルが思ったほどないことに驚いた。

 7日時点で新規の予約を受けるのはやめていたが、こなさなければいけない予約がまだ数十件残っていた。マスクはつけるが、近い距離で客の頭を触り続ける仕事だ。客からウイルスをもらうのも怖かったが、自分たちが客にウイルスをうつしてしまうのはもっと心配だった。

 ストレスに耐えきれず、15日から休業した。その選択も容易ではなかった。「生きるのにお金が必要」と主張する夫の了解は、すぐには得られなかった。

 開店時に受けた融資は900万円。月々十数万円を返済して、店の家賃も16万円かかる。休業で生活に窮した。

 地元の商工会議所に相談したところ、国の持続化給付金を最大で100万円受けられる可能性があるようだ。

 だが、経済面の不安は尽きない。休業はいつまで続くのか。

 今、夫婦は食事を1日2食に減らし、コンビニで菓子を買うことすらやめた。災害時用に備蓄していたインスタントラーメンを食べ、腹を満たしている。

「感染の拡大を防ごうと早くから休業したお店ほど、先につぶれていくでしょう。開けても地獄、閉めても地獄です」

 新型コロナウイルスの感染拡大抑止のため、「社会的距離」を取ること(ソーシャル・ディスタンシング)が励行されている。だが、勤務中の社会的距離が0メートルになる仕事がある。社会的距離として「人との間隔を2メートルとろう」と頻繁に言われるが、その2メートルにはどんな根拠があるのか。新潟大学の齋藤玲子教授(公衆衛生学)が説明する。

「一般的に、せきなどをすると大きな飛沫(ひまつ)が飛ぶのがだいたい2メートルくらいと以前から指摘されています。ただし、解析技術が進んで小さい飛沫を可視化したときに、ウイルスを含む微粒子のエアロゾルがもっと先まで飛んでいる可能性があり、厳密には2メートルで足りないこともありえます」

 実際に4月、AFP通信は中国の研究者の調査として、新型コロナウイルスを含んだエアロゾルが最大4メートル飛散したとの結果を報じている。

 2メートルですら“絶対”はないなか、0メートルの不安をどう考えればいいのか。(編集部・小田健司)

※AERA 2020年5月4日号−11日号より抜粋