河野防衛相が突然、陸上イージスシステムの配備計画停止を打ち出した。トランプ大統領肝いりの高い買い物をやめるには、今がベストタイミングだった。AERA 2020年6月29日号で掲載された記事を紹介する。



*  *  *
 河野太郎防衛相は6月15日、迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画の停止を表明した。「北朝鮮の弾道ミサイルに対する防衛網に穴があく」との批判が自民党の一部にあると報じられるが、そもそもこのシステムは自衛隊がほしがっていたものではなかった。

 防衛省は4隻だったイージス艦を8隻に増強して長距離のミサイル防衛に当たらせ、局地防衛は「パトリオット・PAC3」(発射機34輌)で行うことを2013年の防衛計画の大綱(10年先を見通す)で決めていた。ところが17年11月の日米首脳会談でトランプ米大統領は「大量の兵器の購入」を安倍晋三首相に迫り、日本政府は12月に「イージス・アショア」の導入を決定した。

 突如トップダウンで押し付けられ、米国の意向を受けて秋田県、山口県に配備地点を決めたから、調査は著しく杜撰で、地元への説明などでの辻褄合わせの失態が次々に露呈した。

 滑稽なのは18年の防衛白書だ。イージス艦が21年度に8隻体制になれば「日本全土を2隻で継続的に防護可能となる」と従来の計画を述べつつ、他のページでは「現状(4隻)のイージス艦では隙間の期間が生じる」として「イージス・アショア」配備の必要を説き、近く8隻になることには言及しなかった。8隻目のイージス艦「はぐろ」(1万250トン)は昨年7月進水し、来年3月に就役する。8隻あれば2隻が定期点検に入っていても、交代で2隻ずつを日本海などに出す余裕は十分ある。

 イージス艦は垂直発射機に90発ないし96発の各種ミサイルを搭載できるが、弾道ミサイル迎撃用の「SM3」ミサイルは1隻あたり8発しか積んでいない。1発約40億円もするから多くは買えないのだ。北朝鮮は日本に届く弾道ミサイルを約300発保有し、うち約30発は核弾頭付きと推定される。核付きと、火薬弾頭付きのミサイルを交ぜて発射されれば、そのうち最初の8発に「SM3」を発射すると「任務終了、帰港します」とならざるをえない。1隻1700億円以上もするイージス艦に8発とは「万全の態勢」どころか、形ばかりだ。

 私がミサイル防衛に関わった自衛隊の高官達に「イージス・アショア導入よりは、艦の搭載弾数を増やす方が合理的では」と言うと、ほぼ例外なく「おっしゃる通り」との反応があった。

 イージス・アショアは当初「1基800億円程度で23年納入」とのふれ込みだったが、日本が導入を決めると1基1340億円に値上がりし、納入は25年度に。要員の訓練経費などを含む米国への支払いは4664億円になった。ミサイルは別売りで1基に定数24発だから48発で約1900億円、一部の用地買収や隊舎築造なども入れると計7千億円程度になりそうだ。米国はルーマニアとポーランドには全額を米国が負担して1基ずつ配備しているが、予算は1基8億ドル(859億円)余だ。

 新型コロナウイルス対策に政府は新たに国債91.1兆円を発行せざるをえず、これは今年度当初予算の防衛費5.3兆円の17年分にあたる。日本も他の諸国も財政危機と経済の低迷に直面し、国防予算は削減され「コロナ軍縮」に向かう公算が大だ。イージス・アショアの配備はまだ本格化していないから、さほど痛みがなく削れる費目だ。

 トランプ大統領は新型コロナの蔓延、失業者の急増、警察官の黒人殺害問題で再選が危ぶまれる情勢だ。日本に「イージス・アショア」を売り込み、貿易赤字削減の一助とすると共に、ハワイ、グアムなどを守る「太平洋の盾」にするという長期的戦略に構ってはいられないのか、河野防衛相の計画停止の発表に反発した様子はない。日本にとって、決断には最善のタイミングだった。地元の反発と財政難で泥沼化しそうな問題から潔く撤退し、本来の防衛省の計画の線に戻したのは勇断と言えよう。(軍事ジャーナリスト・田岡俊次)

※AERA 2020年6月29日号