新型コロナウイルスのワクチン開発には「壁」もあるが、なかには異例のスピードで治験に入っているものもある。AERA9月7日号ではワクチン開発の今を取材した。



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「来年前半までに全国民に提供できる数量を確保することを目指す」

 8月28日午後、辞任の速報がニュースで流れるその直前に安倍晋三首相は政府の対策本部で、新型コロナのワクチンについてこう述べた。

 衝撃が走った官邸同様に、ワクチンをめぐる動きも慌ただしい。1週間前の21日には、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会があり、続く記者会見で会長の尾身茂氏は、高齢者、持病がある人、治療にあたる医師らを優先して接種する方針を説明した。高齢者施設や保健所の職員の優先の必要性など、今も検討は続く。

 さらに尾身氏は、記者会見でこうも述べている。

「一般的に、呼吸器ウイルス感染症に対するワクチンでは、感染予防効果を十分に有するものが実用化された例は今までなかった。(中略)発症予防とか感染予防効果については、今後の評価を待つ必要がある」

 ワクチンさえできれば元の生活に──そう期待が大きいだけに、尾身氏の言葉には面食らった人たちもいるだろう。

 日本ワクチン学会理事長を務める福岡看護大学の岡田賢司教授は、こう説明する。

「呼吸器ウイルスについては、ワクチンに対して最終的に何を求めるかということだと思います。感染予防なのか、発症予防なのか、重症化予防なのか。感染予防を求めるのが理想的です。ただ、今のインフルエンザワクチンを注射して血液の中に中和抗体を作っても、ウイルスが気道に付くことは防ぎ得ません。インフルエンザワクチンは重症化予防が主な目的で、感染予防までは望めないと思います」

■ワクチン開発に「壁」

 それにしても、ワクチンに詳しいナビタスクリニック(東京都)の久住英二医師は、尾身氏の発言には疑問を感じるという。

「第2相試験まで順調な結果が出ているワクチン候補もあります。さらに第3相試験で打つことに利益があると判定されたものについて接種するわけですから、尾身先生が呼びかけるべきは『皆さんが自分事として接種に協力してほしい』ということだったのではないでしょうか」

 まずは開発が成功しなければ元も子もないが、感染症のワクチン開発にはそもそも特有の壁がある。感染の流行は、地域性や季節性などの変動要因から、治験を進めにくい面がある。日本製薬工業協会は「日本のみならず、事業性の側面からも見通しが立てにくい感染症領域は非常に取り組みにくい領域」としている。

 しかし、各国では次々と開発が進む。

 世界保健機関(WHO)の発表によれば、世界では8月25日現在で31種類が人に投与する治験に入っており、142種類が治験前の段階にある。英オックスフォード大と英製薬大手アストラゼネカが開発中の「ウイルスベクターワクチン」など6種類が、1万人以上で発症や重症化を防ぐ効果をみる第3相試験に入っているという。

■異例のスピードで治験

 前出の岡田教授は、中でも「核酸ワクチン」と呼ばれる新しい種類のワクチンに注目する。

「今回はウイルスのDNA配列が早く公開されました。核酸ワクチンは、そのDNAを使って人にとっては異物である『スパイクたんぱく質』を体内に発現させて、免疫を作ります。従来のワクチンはウイルスそのものを5〜10年かけて不活化したり弱毒化したりしていましたので、今回は極めて異例なスピードで治験に入っています」

 日本国内で最初に治験が始まり、製薬企業アンジェス(大阪府)と大阪大が共同開発する「DNAワクチン」もその一つだ。ほかには、塩野義製薬が国立感染症研究所と共同開発する「組み換えたんぱくワクチン」、KMバイオロジクス(熊本市)が東京大学医科学研究所などと進める「不活化ワクチン」などの候補がある。(編集部・小田健司)

※AERA 2020年9月7日号抜粋