台風12号が本州に接近している。九州全県が暴風域に入った台風10号では、中心から遠く離れた場所でも大雨が降った。台風による被害を決定づけるものはいったい何か。専門家に聞いた。



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 猛烈な雨は、台風の「目」から1千キロも離れた場所で降った。

「台風のルートではなかったので、まさかあれだけの大雨が降るとは。想定していなくて驚きました」

 埼玉県秩父市の危機管理課の職員は振り返る。

 9月6日から7日にかけ、九州西部を通過した台風10号。一時、中心気圧が920ヘクトパスカルまで下がるなど非常に強い勢力に発達し、九州全域に大雨を降らせた。しかし、同じ頃、九州から遠く離れた秩父市でも、激しい雨が降っていたのだ。

 6日午前11時までの24時間に秩父市浦山で降った雨量は236.5ミリ。同市で1日の雨量が200ミリを超えたのは、昨年10月に関東地方を直撃した台風19号以来。先の職員によると、幸い市内では人的被害も物的被害もなかったが、緊張感を強いられたという。

 秩父市の他にも、東京都檜原村や神奈川県相模原市の相模湖でも200ミリを超え、いずれも今年一番の大雨になった。

 台風10号はその後、朝鮮半島に上陸し日本列島から離れたが、近畿や東海地方でも激しい雨を観測し、住宅への浸水被害など爪痕を残した。

■海面水温の上昇が影響

 台風の中心から遠く離れた場所で強い雨が降ったのはなぜか。気象情報会社「ウェザーマップ」に所属する気象予報士の片山由紀子さんは、こう説明する。

「台風もしくは太平洋高気圧による暖かく湿った空気が、太平洋側から流れ込んだのが原因です。このように、台風の中心から遠く離れた場所で、大雨が降ることは珍しくありません」

 しかも今年は、猛暑で日射量も多かったため海面水温が高く、湿った空気の量が多かったと思われるという。

「さらに台風10号では、山沿いを中心に大雨が降りましたが、湿った空気が山にぶつかり上昇気流が強められ、より発達した雨雲ができたからと考えられます」(片山さん)

 静岡大学防災総合センターの牛山素行(もとゆき)教授(災害情報学)はこう話す。

「雨量は、台風の中心に近づくほど増えると一概には言えません」

 牛山教授によれば、気象衛星の写真で台風を見ると、台風の中心に「目」がありその周りに雲が広がっているのがわかるが、この雲すべてが雨を降らせるわけではないという。

「それより中心から数百キロ離れた場所で雨雲が発達し大雨となり、被害が生じるケースは珍しくありません。大きな台風では、台風の中心から離れていても強風が吹くことがあります」

 つまり台風の情報は「中心位置」ばかりでなく、面的に見てどこで危険が高まっているのかを知るのが重要だと話す。

■過去には甚大な被害も

「かつて、天気図くらいしかなかった時代には、台風の『中心位置』はほぼ唯一と言ってもいい重要な情報だったかもしれません。しかし現代は、インターネットなどで様々な情報を活用することができます。台風の中心位置という限定的な『点』情報ばかりに目を向けるのではなく、どこで強く雨が降りそうなのか、風はいつごろ強くなりそうなのかといった、現代だからこそ得られる『面』の情報を活用すべきです」(牛山教授)

 近年、予想もつかない豪雨災害が増え、強い台風が日本列島を襲うようになったように思える。だがしかし、台風による被害は、過去と比較して激減しているのだ。

 死者・行方不明者が3千人を超えた室戸台風(1934年)など、戦後の1950年代までは、一度の台風で数千人が亡くなることは珍しくなかった。戦後、最大の台風による被害は、59年に紀伊半島に上陸した伊勢湾台風。死者・行方不明者は5千人を超え、全壊・半壊・一部損壊の「住家損壊・流失」は約83万棟に上った。しかしそれが、伊勢湾台風以降、被害は劇的に減っている。

 2000年以降を見ると、死者・行方不明者が最も多かった台風は、04年10月に日本列島を縦断した台風23号と、近畿地方を中心に記録的豪雨をもたらした11年9月の台風12号で、ともに98人。住家損壊・流失は19年10月の台風19号で約6万7千棟だった。人的被害は伊勢湾台風の約50分の1、建物被害は約12分の1だ。ここまで犠牲者や家屋被害が激減したのはなぜか。

■ハードとソフトの向上

 先の牛山教授は因果関係の立証は困難として、こう語る。

「例えば、局所的な地域で、毎年のように川が氾濫していた場所に堤防をつくれば家屋の浸水が激減したというハード面の効果は明瞭です。あるいは、予測精度の向上などソフト面での影響も考えられます。しかし、日本全国で見て被害が減っているとなった場合、ハードとソフトの積み重ねの結果という可能性は高いと言えますが、何がどのように効いたのかという断定はできません」

 また、台風の大きさと被害の規模は必ずしも直結しないと牛山教授は言う。

「仮に、全く同じ規模の台風が来たとしても、それがどこに上陸し、どのルートを通るかによって影響は全く違います。また、雨による被害は単純な雨量ではなく、その地域にとって多くの雨量なのかが関係します」

 例えば、高知県南部の太平洋側の室戸岬周辺で1日200ミリ近く降っても、大きな被害にはならないだろうという。この地域にとっては毎年何回も降る程度の雨だからだ。

 しかし、と牛山教授は続ける。

「室戸岬から100キロ程度の瀬戸内の高松市付近であれば、1日200ミリ近い雨は数年に1回程度しか降らない規模の雨ですから、何らかの被害が起こるかもしれません」

 今年の台風上陸数はいまだゼロ件。しかし、前出の片山さんは、まだまだ台風への注意を怠ってはいけないと警鐘を鳴らす。

「今年は海面水温が平年より上昇していますから、水蒸気が多く台風が発達しやすい環境にあります」

■10月中旬までは備えを

 しかも、秋になると高気圧が日本列島から遠ざかるため、台風が日本列島に上陸する可能性は高くなるという。昨年の台風19号を始め、17年に日本列島を直撃した「超大型」の台風21号など、いずれも上陸したのは10月だった。片山さんは「海面水温次第」と断った上でこう話す。

「10月中旬くらいまでは、台風に備えることが大切です」

 暴風、大雨、高潮、土砂災害など、台風は様々な災害を引き起こす。牛山教授の調査では、風水害による犠牲者の半数は屋外で遭難していた。1999〜2018年の間に、風水害による死者・行方不明者1259人が遭難した場所を調べたところ、屋外で犠牲になった人は約47%だった。土砂災害については約82%が屋内で遭難しているが、洪水など水関連犠牲者は約71%が屋外、風や波の関係でも約79%が屋外で遭難している。

 風水害での犠牲者と言うと、避難せずに自宅で亡くなるというイメージがあるかもしれないが、実は屋外でもかなり発生しているのだ。牛山教授は言う。

「しかし、そうかと言って、災害時に家の外に避難するなということではありません。ただ、台風が迫ってきている時に無理に屋外で行動するのは危険です。まずはハザードマップ等で自宅や生活圏でどのような災害が起こりうるかを知っておくことが必要。避難の必要がある場所なら、その上で、個々の状況に応じて多様な避難のあり方を考えておくことが重要でしょう」

 日頃の備えに勝る防災策はない。台風の発生が落ち着いている間に、しっかり確認したい。(編集部・野村昌二)

※AERA 2020年9月28日号より抜粋